エスケイプ/アブセント (新潮文庫)
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エスケイプ/アブセントの感想・レビュー(157)
絲山さん読む機会多いな。はじめ、うっ、ちょっと、嫌だな、と思うけど、すぐに、結構好きになってた。酒ですすぐってのは好きだなあ。解説はいらない。義務感で読まされてるけど、読み終えたら放っといて欲しいんだよ。たまに面白いのもあるけど、作者に媚びてたり、台無しにされたり、邪魔なんだよ。いいと思うなら黙ってるのがいい。いつも思います。
絲山3冊目。闘争!革命!と20年間左翼を突き進んで、ようやっと夢から覚めた40歳の男の話。双子の弟がいる。表現の軽妙さがクセになる。この期に及んで暴動だと革命だの言っているその時代錯誤さが衝撃だし、神父はニセモノだし、デキる弟は書店のバイト店員になっているし。でも結局みんな変なのだし、正しいことなんて本当にあるのか分からないし、人間なんて所詮みんな「コスプレ」なのだし、信じてさえいれば何でも良いのかも知れない。
読んだのを忘れて再読。ただ、ふと「あれ、あの話、何の本だったっけ?」と思うことがあったので、ストーリーとしては印象深かったのだと思う。「形が信仰をつくる」という論がおもしろい。案外、みんなそんなものなのかもね。兄と弟の語り口の違いが鮮やかだなというのが今回の印象。
神に「あんたこそ祈れ。祈り続けろ」と祈る主人公はなんだか愛おしかった。軽くてちょっと重い、明るくも暗くもない活動家の話は初めて読んだ。わたしも信仰がはっきりしていないけれど節目や困った時や泣きたい時は、神様お願いしますとやっぱり祈る。そうでもない時に神様ありがとう、ともたまにいう。
やっぱり巧いんだよね。この作品では例えば「不在」の「存在」について書かれているわけだけれど、ともすれば形而上で語られかねない題材を、小説の枠にすっと収めてしまう。難解な言葉も、余計な装飾もない。書き足さない。筆を抑えて、僅かな言葉を尽くして、ひとつの「物語」を確実に完成させてしまう。こんなに読みやすいのに、こんなにも「文学」であるというのはやはり並大抵のことではない。凄い。
なんだか詩のようだと感じたエスケイプ。一人称の散文なのになぜだろう。すごく軽いのにすごく悲しい!そして和臣との温度差がまた悲しいアブセント。一気読み。
元左翼活動家でゲイでさらにごにょごにょごにょなおじさんが京都に行く、って筋書きだけでもう笑っちゃいます。絲山さんのユーモアが詰まった小説。「神様を置いていく」という行為の、非能動的・選択的でありながら尊い感じ、時間のずれと、時間に照らされて出来る影、何でもない自分にもやはりそんな影があって、どんどんと置いていって、そして彼らはどこかで生きているのだろうか。といったようなことを意識してしまいます。
『袋小路の男』につづき、糸糸山作品、二作目。これですっかり好きになった。チャラチャラした一人称なのに、まったく嫌だと思わない。ここ数ヶ月に読んだ小説で、一番好きだ。
おもしろい作家だなと思う。好きになりそびれる感じで、でもつい読んじゃうってことは案外好きなのかもなと。でも気になるのは、イッツオンリートーク的な見方というか発想以外はないのかということ。そこがちょっと残念でもあるのかもと思う。
かつての知り合いが、この主人公の男のような時代遅れの活動家もどきだったと聞いたことを思い出し、この本を手にとった。絲山作品もこれが初めて。所々に飛び交う闘争やら革命やらという不穏な単語が霞むほど語り口調は軽い。軽いがブレない。男自身は惑いまくってるんですが。悪態ついてるのかなんなんだかわからない調子で男は祈る。「必死って祈ることに少しは似てないか。」
今まで読んだ絲山作品の中では1番読み易かったかも。舞台が京都で想像し易かったからかも(観光しかした事ないけど)。主人公が同性愛者(両刀使い?)って設定は要るか?別に同性愛に偏見は無い積もりやけど男が抱き合ってるのを想像するのは嫌や・・・。女同士が抱き合うなら読めると思うし、むしろ率先して読みたいし実際に見てみたい。 『アブセント』は要らんと思う。
上司と話をするのに役立た……ないかなw本当に、そういう時期を当たり前に生きた人がいるのだろうことが不思議でしょうがない。そりゃあ最近の若い衆はってなるだろうなぁ
元・活動家の40歳。足を洗うことにして1週間の自主休暇。なかなか実感のわかないオルグとかセクトとか、そんな言葉がぽんぽん出てくる割には、本人、とても軽い。言い回しも、存在も。その軽さ、テンポがとても気持ちよく、サラサラと読んでしまった。2つの道に分かれて2度と会うことはなくなっても、同じ景色を見ることはできる。繋がっているんだなぁと、しみじみしてしまう透明感あるラストがきれい。
熱狂の時代は短い。その後は、余生なのか新たなる人生なのか・・・。空白の時代。否、人生そのものが空白なのか・・・。
妻が買った本のお古を読んでみた。アブセントとアブセントという2つのエピソードをつなげた意図は何かな。周囲との折り合いの立ちいちの違いかな。
革命運動という夢にやぶれた男の話。「あの頃は~」と懐かしむ作品は多いが、それを引きずって生きてきた人を描いた作品ってこれまで読んだことなかったから結構新鮮。ここ最近の絲山作品はいまいちだけど、ちょっと前の作品はやっぱり好きだなぁ。
解説は高橋源一郎。2006年で40歳、革命の挫折を抱え、信じるもののない世界で生きるやたらと軽いノリのゲイの独白。 軽さの中に重さが透けて見える話は好きだが、本作は軽い上に薄いなぁという印象を持った。 ユーモアセンスもあまり上等とは言えずスベリまくりだし、中年親父の懐古趣味と説教臭さが中途半端に滲み出ているのもなんか嫌。神と祈り、不在を巡る主題も表面的に過ぎる。 分量通りの内容だった。
舞城みたいだ。たまらなく好きでたまらなく気恥ずかしくなるのは、主人公に自分を見てしまうから?26歳くらいに読むと良いとおもう、なんとなく。こーやってでも生きていけるって思えた。大事にしたい作品
革命は不発に終わって闘争と潜伏、それはエスケイプな20歳から40歳までの人生だったかもしれないけれど、正臣が彼を探すともなく探しに、生きている証拠を探しに、京都でだらだらと過ごしているのは、とても自分に正直に見える。そんな正臣自身は「コスプレ」してない。番ちゃんのピアノにのせて、正臣が祈るところが好き。ぐちゃぐちゃこれからも続く人生について、40(もしくは36)の男性が悩んだり悩まなかったりする頭の中の話なのだが、きっとなるようになるし、彼らは好きに生きていくんだろう。
〔自分メモ〕ゲイとかコスプレとか、キャラクターが消化不良というかもう少し読みたい。くらいがちょうどいいのか。タイトルともつながる「不在」の概念にははあ。
革命家が夢に疲れてつかの間の旅立ち。京都で知り合ったバンジャマン神父や歌子さんの出会いはいい味出しているね。やはり人生長くいきていると疲れるんだね。
革命も宗教もまったくといっていいほど無縁ですが、平易な口語体で綴られたこの短編の中に何かが隠れてる気がする。神も革命ももしかしたら、小難しいものじゃないのかも
リズミカル。韻の短文と小説の長文がバランス良く混ざってサクサク読み進む。
イトヤマさんの書く、諦めと苛立ちと情けなさが代わる代わる覆って過ぎてく世界の見方が好き。
エスケイプ/アブセントの
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感想・レビュー:61件














ナイス!





























