ローマ人の物語〈32〉迷走する帝国〈上〉 (新潮文庫 し 12-82)
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ローマ人の物語〈32〉迷走する帝国〈上〉の感想・レビュー(213)
ミリタリーとシビリアンのバランスがとれた皇帝がいなかったことが問題だった_φ(・_・カラカラのローマ市民権開放が崩壊の布石になったというのは、多少の差別は社会のスパイスなのだと感じました。
カラカラ帝が定めた属州民にもローマ市民権を与える法律は、ローマ帝国内の人々に平等の権利をもたらした。しかしこれによって権利は取得ではないく、当たり前にある既得のものになってしまった。文中にある『人間は、タダで得た権利だと大切に思わなくなる。現代の投票時の棄権率の高さも、これを実証する一例になるだろう。』『どんなに悪い結果に終わったことでも、それがはじめられたそもそもの動機は、善意によるものであった』というところがとても皮肉で、深く考えさせられる。
カラカラの打ち出した、全員、ローマ市民はうまく行かなかったのだな。著者の既得権と獲得権の考え方はおもしろい。日本人も、一度、全員の選挙権を取り上げて、登録してから与えるようにするとかすれば、もっと、世の中が良くなるのでは。
統治とはかくも難しいものなのか、と何時も思う。衰退した中でカラカラ帝が出した方針、皆ローマ市民だ!が衰退に拍車をかけたのかなぁ。
やることがすべて裏目に出る。これが大国が衰退して行くプロセスなのか。アレクサンデル帝は、時代が違ったら「善き皇帝」で治世を全うできたかもしれない。
ローマからローマがなくなりつつある時代、ではあるのですが、蛮族の押し寄せる時代になり、ローマはこれまでのローマとの決別もいつかは図らねばならなかったはずだとも思います。その意味でカラカラはそれに挑戦はしたけれど失敗し、アレクサンデルはそれに気づけず失敗した。カエサルのような青写真を引くことのできる人間の重要性が分かります。
あまり評判の良くないカラカラ帝ですが、暴力的な性向は別として、やろうとしていたことは、彼なりに帝国のことを考えて一生懸命やっていたのではないかなぁ、と思います。それが彼の狙いであった良い方向に働かなかったのは、彼の父親と同じく、不幸でした。その不幸が、時代によるものか、彼ら自身の資質によるものか。ローマという国が少しずつ変わっていく様を見せられるのは、これまでのローマに感心し続けてきた身としては、辛いものもあります。もうこれからは、今までのように感心できることはないのかもしれない。そんなことを思いました。
前に読んだのを忘れて再読。この時代の参考文献、特に原史料が充実していないせいなのかもしれないが、一つ一つのエピソードの描写が薄い。この巻だけで4人の皇帝が謀殺されるのだが、暗殺に至る過程があまりにあっさりというか適当というか...前任者が暗殺されたなら普通もっとあらゆる面で慎重になるものだと思うが、あまりに簡単に殺されているように感じられる(実際殺されているのだが)。なんか密度が薄い。
やることなすこと裏目に出る、カラカラとアレクサンデルに同情を禁じえない。彼らも「できるやつ」ではなくとも「悪いやつ」ではなさそうだ。五賢帝時代に帝位に就いていたら、もっと報われていただろうに。「現代の概念で過去まで律するようでは、歴史に親しむ意味はない」「歴史に接するに際して最も心すべき態度は、安易に拒絶反応を起こさないこと」私も気をつけたいと思う。
不平等が円滑な社会の礎となっていた社会のモデルは現代では適用したくとも適用できない。少なくとも建前上は。建前を平等にすると、中身が不平等になってゆくのは古代も現代も変わらないようだ。
政策とはそれを行うことでどのような影響があるか洞察した上で実施されるべきという点は、いろいろ応用ができる視点。善意や思い付きでなされたことが必ずしも良い結果につながらない。全員に与えたせいで全員が失ったという皮肉な結果。そういった熟慮をできてきたこれまでの皇帝とそれができなくなった皇帝たち。そうなった原因は何なのか。人材の輩出先が限定されてきたからなのか? ちょっと分らないです。ただ、繁栄の過程も教訓が多かったが、衰退の過程はそれ以上の教訓になるということを強く感じた
属州も含めたすべての人にローマ市民権を。カラカラ帝の決定がローマ帝国に与えた影響は計り知れない。徐々にローマ人らしさを失い、衰退に向かうローマ帝国。これまで興隆、繁栄を見てきただけにちょっと切ないです。
三世紀の危機。
確かにローマ人は自分達の失策で衰亡が徐々にペースを上げて来たように思います。
皇帝が謀殺されるのが常態化するのは異常だし、民衆もピリピリしていたんだろうと思う。
悪帝カラカラは帝国防衛に関しては奮闘したのではないか。
ただ時代が悪い。
ササン朝ペルシアに蛮族の侵入
帝国繁栄にビジョンを持たない皇帝達
紀元211年からの衰退期突入時期。カラカラ帝からアレクサンデルまでの4人の皇帝が出てくる。アントニヌス勅令はダメダメ政策であったのが 次からくる皇帝タチで立証されていく・・というか・・・つまりはカエサルが一番だったということで落ち着きそうな私
気づき:混迷の3世紀は73年で皇帝22人 戦後日本は55年で首相31人 気になる一文:事実だから信じるのではなく、事実であって欲しいと思う気持ちさえあれば信じてしまうものなのである/失うものがある人間は過激化しない
カラカラ帝の時代があっと言う間に終わり,とうとう武人皇帝時代に入ってきました。これを読んでいますと,つくづく人の上に立つ者の難しさを痛感させられます。能力のない息子に皇帝を継がせるよりも,能力の高い他人の子を継がせる勇気が指導者には求められていることがよく分かります。これは現代の企業にも十分に当てはまるものです。
今までのゲルマン人よりもっと北のゲルマン人が攻めてくるし、東は今までなんだかんだでうまく住み分けてたパルティアが潰れて新興国ササン朝に。皇帝たちはそれぞれのやり方で、広大すぎる帝国を治めようとするのだが、みな短期のうちに謀殺されてしまう。なぜ?元老院が空気すぎるから?属州偏重の結果?世襲のせい?わからないけど、年表見ると次の巻も似たような展開だな。
カラカラ帝による属州民の一括ローマ市民化はとんでもない悪政。ローマ市民権をがんばったら取得できる権利から、誰でも持っている既得権に変えてしまい、ローマ人の気概というものを急速に失わせた。それにしても皇帝を排除するのに殺害という手段をあっさりと選んでしまうのには1800年前とはいえ驚かされる。不信任決議という無血で退場させる手段がないのだから仕方ないけど。
再読。アレクサンデル・セヴェルスにとって不幸だったのは、彼が決して無能ではなかったからではないだろうか。幼いころから国政に携わり、また自らも積極的に知識を学んだ向上心の高さが、かえって仇となってしまった。世が世なら立派な皇帝になったのだろうが、危機に瀕した帝国の情勢下では力不足だったのだろう。
三世紀前半211~235年の巻。章立てから皇帝名が消えたことにまず気がつく。1,2世紀と3世紀の皇帝在位期間の比較表は、文章で「73年間に22人の皇帝」と書かれるよりも雄弁に時代を表している。皇帝名になじむ前に交替してしまうので私の頭の中も迷走(笑)
ローマ帝国の歯車がどんどん噛み合わなくなっていってる印象。良かれと思い定めた法で自分たちの首を絞めてるような。カエサル時代との対比は面白かった。表面だけ見れば似たような出来事でもその中身はかなり違って来てますね。
私欲(や血縁)で政治が動くようになると腐っていくようで。ローマ帝国が繁栄したのは、(結果的にではあるにせよ)世襲が少なかったから、という気もする。「アントニヌス勅令」のような、善意で為された法は結果的に悪く転んだとしても、良い点が全くなかったわけじゃない、と信じたい。
2世紀前半、カラカラ帝〜アレクサンデル・セヴェルスのセヴェルス朝系のローマ。軍人皇帝時代の入り口として書かれている。誰でもローマ市民のアントニヌス勅令と控訴権事実上廃止が重要なディーテイル。
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