聖少女 (新潮文庫)
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聖少女の感想・レビュー(308)
解説を書いていたのが桜庭さんだと知って、ものすごく納得してしまいました。こういう小説は嫌いではないど、読むのにとても労力が必要。読んでいて、自分も削ぎ落とされるような、毒されていくような、そんな錯覚に陥ります。
記憶を喪った未紀が綴っていたノート。そこには「パパ」を異性として恋した少女の、妖しく狂おしい陶酔が濃密に描かれていた。ノートを託された未紀の婚約者Kは、内容の真偽を確かめようとするが…。「パパ」と未紀、未紀とK、Kとその姉L。/昭和五十六年刊行。恐れを知らない少女のための少女小説。未紀の手記は悪趣味と絢爛華麗たる怠惰の物語。無法者たるKと仲間の高校生の突発的で思慮に欠けた悪行の数々。また、「私の男」や「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」等で父を描き続ける桜庭一樹が、解説の文を寄せている。
難解でした。著者の罠にまんまとかかり、何が現実かよく分からないまま物語は進んでゆくように感じた。他の大人たちとは違う自分に優越感を抱く少女、未紀。彼女の小さな反抗心がとても健気で、そしてどこか美しく感じた。彼女は正しく聖少女。
美と道徳は必ずしもシャム双生児ではなく、一見して醜いものの中に新たな美的価値を見出すことこそ芸術家の特権である。マルキ・ド・サドや三島由紀夫、あるいは嶽本 野ばらの持つ、条理を超えた美学を想起した。ついでに、ハルキムラカミを例に挙げる方が多いので驚いた。彼の貪欲なまでのナルシシズムは倉橋の禁欲的な作品態度とは相反すると思う。もしそう見えるのであれば、それはきっと技巧的に仕組まれていることなのだろう。
していることはとても汚いのに、なぜだかとてもとても神聖なことに思えて来るのは、私も未紀の手中で踊らされていたのか……。本来の軸をぼかした曖昧な比喩での語り口が心地良い。二度、三度読めばまた印象が変わってくる作品だと思った。
桜庭一樹の本に出てて、読む。大学の時、ゼミの課題で読んだけど、そのときはピンと来なかったのだよなー。でも、今回改めて読んで、桜庭一樹がオススメする意味が分かった感じがした。ドキドキしながら一気に読まないと気が済まない気持ちにさせる。未紀はこの先、どうなるのだろうな…。
う~ん。未紀が父への愛を小説にすることで自らを現実と非現実の狭間に置こうとしたことは理解できるが、どうしてもKという人間が理解できなかった。Kは未紀のことを愛していなく、Lを愛していると言っているのにそのちょっと後で未紀への異常なほどの執拗さが理解できなかった。結局のところKは一体誰を愛していたんだろう。
「大人のための残酷童話」しか読んだこと無かったが、倉橋由美子はこれを読むべきだったのか。未紀の日記の嘘は、ミステリーを読みなれていれば多分すぐわかる。けれど、彼女は精神においては嘘をついていないわけで、むしろ起こったことよりも真相に近い。テイストとして村上春樹に近いものがあるというのはわかる。プールとかジャズとか植物的なセックスとか。だけど少しずつでも前に進もうとする村上作品に対して、倉橋作品は閉じた系であり、静かに朽ちていく生。最後のKと未紀の選択は、その未来に枯れた温かさのようなものはある気がした。
聖俗。夢野久作と村上春樹の折衷みたいな空気を女性が創り上げているのが面白い。いかにも濃密そうな気配を滲ませておきながら、案外さらりと読ませる。たまに読むと良いかも。個人的には森茉莉の方が好みです。
こんな作品はじめて読んだ。個人的には三島由紀夫の「金閣寺」、太宰治の「人間失格」に肩を並べる作品。文章一つ一つに散りばめられている表現が奇抜なのに的確。三島とは違う塾した性の匂いが放たれている。特にラストの悲しさ、恐怖は最高に興奮した。是非、お勧めしたい作品。
凄い小説。好きな絵本のシルヴァスタインの「ぼくを探しに」の翻訳者と記憶していた著者ですが、こんな小説があったとは。出逢えた事に感謝。三島由起夫とも違うし、何なんだろうこの小説の読みにくさ。それでいて引き込まれる感覚。女性でなければ書けない小説でもあるように感じる。内容は一言で言えば、近親相姦について書かれた純文学。私が生まれた頃の発刊ですから、衝撃的な内容だったと思います。しかし、テーマは家族なのか。向田邦子とも三浦綾子とも違う。とても知的でありドライな感覚。絶版が多いようですが、他の作品を読んでみたい。
人に勧められなければ、絶対に読まなかったし、読みきれなかったであろう作品。拷問やサド侯爵という小道具や近親相姦というテーマは、ジュブナイル小説では王道。されど、理解不能な比喩表現が飛び交うのには目をパチクリさせながら読んだ。ありがちな母を越えようとした少女の物語ってことでいいのだろうか?毒々しい物語であった。
荒唐無稽な神話も、時計の針がすすむにつれて、いともたやすく日常へと変わってしまう。空から月が消えれば、人はみな驚き慌てふためくだろうが、いつしかその世界に慣れてしまう。このトロイアの木馬という獄を知らずに、圧倒的な非日常を望む子供たち。彼彼女は、どうにかして抜け出せない世界から解脱を計ろうとする。それは喩えば、英雄になることであったり、禁忌を犯すことだったりする。そして、最期には誰もが気づいてしまうのだ。「現実を喰いつくすことはだれにもできない」、と。あるいは、それが大人になるということなのかもしれない。
喫茶店「モンク」の様式にあるように 戦後のゴシック文化の原点として見る人もいる。当時は澁澤龍彦はサド裁判の渦中。本書も初版は装丁も耽美な豪華本だったそう。成熟拒否の少女意識と結託するとゴシックいう意味で、未紀は元祖ゴシック・ロリータか。少女幻想にとどまるなら 後に出る元祖オタク・森茉莉の延命少女意識の妄想世界があるが、魅惑的な少女幻想世界をつくりあげたうえで それをおしげもなく葬り去ろうというが この小説。これを最重要少女小説とする桜庭一樹の「砂糖菓子・・」も 今読みなおすと本書を相当意識している。
濃密な、濃密なる世界。。。Kが未紀に託されたノートの中身(未紀と「パパ」との禁断の日々)の真偽を追っていく過程は、さながらミステリーのようで、「パパ」の登場はまだかまだかと先が気になって仕方がない。だけど、立ち込めている空気が濃密すぎて、ずっといると息苦しくなる。一気読みは無理でした。この本では「近親相姦」が選ばれた者の聖なる行為として描かれているが、私には未紀が聖女だったのか妖女だったのか悪女だったのかよく分からない。だけどこれを書いた倉橋由美子さんは気高き不良少女だったに違いないのです。
うーん。読解力不足でしょうか。おそらくきっとそうでしょう。言い回しがひどくクドく厨ニ病のように感じてしまったせいでストーリーの奥まで理解できなかった感じ。未紀はともかく自惚れ屋さんのKを好きになれなかったし、結局Lはどうしたのかも釈然としないし。久し振りに読後感いまいち。
話の内容よりも所々の表現に惹かれるものがあった。自分の感覚とはまったく違っていても好きになれるものはあるけど、これは少々難しかった。
「近親相姦」という言葉をこんなにもいっぺんに目にしたことはない。この作品のテーマのひとつになっているからなのだけど、内容やテーマを楽しむ以前に斬新な比喩にくらくらする。言葉のリズム、濃度、組み合わせ等々を味わうだけで別世界にトリップしそうになるので、内容は殆んど覚えていない。お気に入り→「ぼくはひとりで愉しんでいた。わかりますか?つまりぼくは妄想を分泌するアラジンのランプをこすっていたわけだ」
読後に殆どなにも残らず、それなりに読解力があるつもりなので却って途惑っている。森茉莉の「甘い蜜の部屋」は好きなので今更インセストごときに引いているわけではありません。文章も冗長で全く琴線にふれず、登場人物の学識(?)を示すような描写も「衒学的」と「中二病」の境のギリギリのところにあるような……寧ろ確信犯か? 未紀の云う「聖化」も稚拙なレベルのものにしか思えない。とにかくモヨモヨした気分ですが、あとは「少女小説」のレッテルに反して排泄系の比喩が多かったのが好い意味で印象に残ってます……。
少女ものっていうから読んだんですが、なんとも複雑な本でした。あといきなり春樹臭でびっくり。会話のシーンは半熟のひよこみたいに不気味でした。最初、未紀の手記が延々と続くのかと思っていたら春樹風青年の一人称に切り替わって、しかも彼の姉や「作家」との関係が綴られて、なんなんのねこれと思いましたが、一応この2人の女は未紀の主要構成要素を成してはいますね。つまりインセストとメタ。ではこの青年はなんなのと言ったら、未紀のための単なる手術道具、と作中で言われておりましたが、彼の纏う関係は彼女にぴったりだったのかも。
姉と近親相姦の関係を結んだ「ぼく」と、「パパ」と愛し合う未紀。出逢いから6年後、未紀は交通事故で記憶喪失になり、「ぼく」に以前書いていたノートを渡し、解読して欲しいと頼む。「ぼく」の視点から物語は進む。未紀の以前書いたノート、退院後に書かれた未紀のもう1冊のノート、そして、この『聖少女』も「ぼく」が記した小説という仕掛けになっていて、果たして未紀の行動の真実は何処にあるのか?未紀も「ぼく」も、その他の登場人物達も果たして本当に存在したのか?読み終わった時に何故かアラン・ロブ=グリエの小説を思い浮かべた。
少女小説といえば、と聞いて読んでみたものの、少女のための、ではなくいかにも大人の、少女の幻想と言う感じでよく理解できませんでした。解りたくもありませんけど。
美しく毒々しい物語。近親相姦という禁忌を犯した2人の共犯者的結びつき/エロティシズム。先鋭化される《悪》=《聖》性。あるいは倉橋作品のテーマであるコミュニズムであったり学生運動であったり、という時代のリアリスティックな側面。幻想と現実が絡まりあい、濃厚な粘液のような世界を作り出す。本当に語り尽くせないものすごい小説でした、はい。
桜庭一樹の「私の男」もそうだけど、こういう系統の小説はどうも苦手。それとも私の頭が悪いのだろうか・・・。理解力の無さが悲しい。だから、感じた感想もここにすら書けそうにない・・・。深く考えすぎなのか?この小説が絶賛されるわけを誰か教えて。
聖少女の
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