奔馬―豊饒の海・第二巻 (新潮文庫)
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奔馬―豊饒の海・第二巻を追加
奔馬―豊饒の海・第二巻の感想・レビュー(438)
春の雪ではった伏線を見事に回収して、また次の巻に向けてまた伏線を張るとは素晴らしいとしか言えない。飯沼は元々性格が醜かったけど、より進歩した気がする。本多はキヨアキと二人で世間の雰囲気に染まるのを人一倍嫌ってたのにいまは世の中の不正を正す裁判官みたいな仕事をしているのは意外だった。キヨアキもだったけど、生まれ変わりの勲も心が純粋なんだなと思った。次はタイの話らしい。キヨアキに関係あるひとの近くに生まれ変わりが現れるのは、意味があるのかな
強かな女性と幼稚で純粋な男子、みたいな構図は現代においてはもう普通というか、お腹いっぱいというか。しかし、この時代に既にあったというのは先見の明と片付けてはいけない気がする。全巻『春の雪』からの伏線というか、縁起というか、その連絡の仕方にはっとさせられる。本多が戦慄している場面では私も大抵は目を見開くことになりました。下宿屋の爺さんが裁判所で勲を見た時とか。
色んな人が色んな理由でもって勲の純粋な行動の成就を妨げる。たとえその妨害が勲を想ってのことであっても、むしろだからこそ、願いを叶えたそのあとを生きたい者と、願いが叶うならばすべてを擲っても構わないと思って生きる者との根本的な部分での埋められない違いを強調する。本物の純粋は独立的に存在できて完結できてしまうことが美しくもあり悲しくもある、そんなラスト。
2011.11.27 三島由紀夫著。 (解説=村松剛) 四部作、S40.09-S45.11-5年以上、雑誌『新潮』連載。村松宛手紙、「時代の中核なす哲学なしに、いかにして大長編を書けるか、疑問に苛(さいな)まれています」転生(てんしょう)の物語だ、(1)はじめが明治時代で。(2)第二部は昭和の右翼のテロリスト。テロリストの息子が答案アジアに行ってタイの王女に会い、(3)そのタイの王女が第三部の主人公になる、(4)第四部は未来だよ。
i-miya@灯れ松明の火
蛇の夢と女に変身する夢。 春が近づいていました。 母の差し入れ。 検事局、接見禁止措置。 三十四. 世間の嘆願、初めて知る。 左翼と拷問、 右翼と温情、検察の対応。 三十五. 槙子の手紙。 姑と雀躍(こおど)りしたという神風連の阿部以幾子に似るもののなんとないことか。
ナイス!
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12/05 07:22
蛇の夢と女に変身する夢。 春が近づいていました。 母の差し入れ。 検事局、接見禁止措置。 三十四. 世間の嘆願、初めて知る。 左翼と拷問、 右翼と温情、検察の対応。 三十五. 槙子の手紙。 姑と雀躍(こおど)りしたという神風連の阿部以幾子に似るもののなんとないことか。
ナイス!
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12/05 07:22
i-miya@灯れ松明の火
三十九. あくる朝、快晴。坪井刑事、遊びに来る。11/30、晩、槙子さんから父に電話。円山町に繰り込もう。四十. 12/28も快晴、躊躇する勲。12/29、快晴、宮城前、提灯行列。勲とはぐれた佐和。失踪。蔵原、財界のローマ法王。伊勢神宮で犯した不敬、神罰だ。蜜柑畑。正に、腹に刀を突き立てた、その瞬間、日輪は瞼の裏にかくやくと昇った。(読了、2011.12.05 0740)
ナイス!
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12/06 07:09
三十九. あくる朝、快晴。坪井刑事、遊びに来る。11/30、晩、槙子さんから父に電話。円山町に繰り込もう。四十. 12/28も快晴、躊躇する勲。12/29、快晴、宮城前、提灯行列。勲とはぐれた佐和。失踪。蔵原、財界のローマ法王。伊勢神宮で犯した不敬、神罰だ。蜜柑畑。正に、腹に刀を突き立てた、その瞬間、日輪は瞼の裏にかくやくと昇った。(読了、2011.12.05 0740)
ナイス!
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12/06 07:09
本を読んで鳥肌が立ったのはハリポタ7巻以来。滝の下で会うシーン。まっすぐ過ぎる勲には共感は出来ないけど…槇子さんとのシーンは数少ないほっこり時間だったのにまさかの女の怖さ!次のタイの姫の話も楽しみ。今のところ今年一番の感動。
前半の神風連史話を読むのが辛かった。自刃を印象付ける作者の意図だろうが、なかなか刺激が強い。勲の純粋を大人たちが悉く汚してゆく様がやるせなかった。三巻も読もう。
ものすごく読み終わるのに時間がかかった。主に前半。。 三島さんは若さゆえの潔癖さ、のようなモチーフが好きなのかなと思う。勲の潔癖さが快くもあり、痛ましくもあり。
リベンジ・豊饒の海シリーズ。「春の雪」の清顕の生き方を私は良しとはしない。けれど、勲の中に清顕を探しながら読んでしまった。見つめる先にあるものは違っても、己の情熱に命すら捧げる生き様はやはり同じ魂なのだろうか?彼(ら)のような生き方をしたい?と、問われたら私はどう答えるだろう。憧れはするかもしれないけど、むりな話だと我が身に置き換える事すらできない。ただ、彼(ら)の魂のゆくすえを傍観するだけなのだと思う。ミシマ文学、圧巻です。
第一部「春の雪」で主人公が死んで幕が閉じたので呆然としたが、輪廻の物語だったのか。主人公勲の思想信条や昭和初年の空気というものが私には理解しがたく、幾度も称揚される「純粋」というものが絵空事のように思える、この青年は東京で生まれ育ちしかも童貞だし。「死」を美化してそこへ至る道筋だけとしての諸々があるという感じで「オーダメイド殺人クラブ」の中二病と似ているとさえ思った。三島由紀夫の最期の長編だが、勲と三島を同一視することはできない。装飾的な文章は見事に美しく、シリーズタイトルの意味は今のところ不明だが、→続
幾度となく鳥肌が立った。言葉一つ一つが素晴らしい。この「奔馬」のよさを、自分の拙劣な文章では表現できないのが悔しい。「知行合一」を識り、尚行わざらんや。
『春の雪』とは違う世界観。耽美なれども、神風連の描写あり、陽明学との邂逅あり……、ともかく、純粋なる理想を持った心が様々な破綻に向き合う姿が印象的でした。
芸術品は誕生した時から生きていないので完成した美になれるが、 人は生きている限り変化してしまうのでそうはなれない。 勲はこれ以上汚れないために自死をしたが、完全な美にはなれなかった。
やられました。最初の滝のシーンから鳥肌モノでした。この所々で清顕と勲が重なるのが良いですね。一巻の世界からここまで変わるとは思いませんでしたが、三島由紀夫らしい話だと思いました。春の雪はなかなか入っていけませんでしたが、これは夢中になって読みました。続いて三巻読みます。
読み終わるのが惜しいような日本語。そんなこと言ってだいぶ時間かかりましたけど。主人公が追い求める純粋さはえらく脆いように見えるが、その分だんだんと鋭利さを増していく。思わず三島に重ねて見てしまう。発表当時これを読んだ人は三島の行く末を案じずにはいられなかったろうな。『春の雪』ではあれほど清顕の望みを実現しようとした本多が、今度は「大人」の対応をするのがまた時間の流れを感じさせる。それにしてもやっぱり最後の一文は素晴らしい。
豊饒の海の中で、この2巻こそが、三島の理想としたものを一番よくあらわしているように思った。三島が自決した理由については諸々考え方があると思うが、主人公飯沼勲の純粋さと、それゆえの挫折と、そして最後の自決で、三島の理想は果たして体現されたのだろうか。勲の純粋さと比較したからだろうか、本多や勲の両親、周囲の大人の世間知が、必要以上に小賢しいものに描かれているような気がした。
前作の主人公清顕と対照的な本作の主人公勲は、本文でも記述されていたが陰陽、清濁のように対極に存在しながら同一線上に生きる青年である。 女性に翻弄されるその過程も彼らを生まれ変わりたらしめんとしている。
前作の主人公である清顕の転生だけあり、今作の勲も真っ直ぐすぎる性質がために夭逝してしまった。しかし、この二人には大きな違いがあるように感じられた。清顕は精神面の純粋を重視し、勲は行為の純粋を重視していたように思えたのだ。また、勲が知行合一という言葉を知った場面で、前世である清顕の特質が、少なからず宿ったのではないかとも思えた。そのために、純粋が暴走していまい夭逝へと辿りついたのだと思う。
「時の流れは、崇高なものを、なしくずしに、滑稽なものに変えてゆく。」(本文より)三島の作品には、こんなふうに胸に突き刺さるような文章が一作品に必ず一文はある。清顕の転生とおぼしき少年・勲を通し、本多、飯沼、そして松枝公爵のその後をも描いている。終盤の裁判シーンでの北崎老人の台詞に本多と同じく戦慄を覚えた。あとはやはりラストの一文が素晴らしい。
三島自身を語っているのではないかと 思われる作品の 感じがした 歴史の一点に具合よく納まり やがて埋もれるキヨアキをとおして 自身の情熱 死そして、自らが転生を望んでいたように感じた
難解でおそらくは30%ほど理解できないまま読み進んだ。過度に思想を崇拝してでもなく、また美文を求めてでもないのに、それでも読もうと渇望してしまうのが不思議。
この文庫版ではなく「春の雪」から続けて図書館の全集で読みました。こちらを読むと「春の雪」のいろいろな場面が更に活きてきます。本多が思い悩むところが好き。
日頃、滅多に死を感じない。現代日本とは、色々な例外があるにしても基本的にはそういう社会だと考えている。しかし、偶然にもこの本を読んでいたとき、東日本大震災を経験した。そしてその後の福島原発での事故も。死を、初めて自らのものとして感じた。どのように生きるのか。どのように死ぬのか。勲の生き方と死に方は、傍から見れば、大人達に裏切られ、ましてやその死の舞台はさっぱり美しくない。しかし、確かに勲は日輪を見た。常日頃死を思わずして、その瞬間に日輪をその手につかめるはずがないのだと思う。鋭利な日本語。メメントモリ。
大阪高裁の判事と若者が出会うも、それが時を経て19年前に遺言を残して死去した朋友との再会であることに気づかない。若者は結社を立ち上げて財界の黒幕に立ち向かう。ついに判事は若者との出会いが何であるかに気づくのだが若者は20歳という若者のまま自決してしまう。しかし既に若者は、この世の何処かへと約束を果たすために還ってくる宿命を背負わされていた。
思ったよりもかなり時間がかかった。神風連の思想を信じ、もう一度神風連を起こそうとする少年の心情がリアルに描かれていて面白かった。一回読んだだけでは内容を全て把握できないので、いつか再読したい。
清顕から勲へと魂は受け継がれる。しかし、纏う空気、姿勢が清顕と全く違う勲。ただ、信じた道を進むこと、信念を曲げないといったところは同じ人間。「春の雪」で聡子との逢瀬に使っていた宿屋の主人が清顕と勲を勘違いするところは思わずニヤけた。さて、次はどんな姿になって本多の前に現れるか?この部の最後で何となくわかるでしょう。
いつの間にか新潮文庫の三島はあのヤバい赤文字タイトル統一じゃなくなったのか。ただしこの表紙も寓意が勝ちすぎて秀逸とは言い難い。 年明け早々流感を得た療養の暇つぶしに再読。去年の秋ごろから読みたかったのは純粋に向かう若者の心模様の参考にしたいと思っていたからだが、やはり実際読むと三十八歳の本多繁邦がここに至って直面した「二度目の挫折」のほうにより痛ましさがある。それでもこの巻で描かれているのは世界が凛と美しかった最後の物語であるのだが、幻でないものを渇望して飯沼勲が最後に掴んだ日輪もまた幻であった。
奔馬―豊饒の海・第二巻の
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