黒い雨 (新潮文庫)
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黒い雨の感想・レビュー(611)
超非常時にもかかわらずお役所体質な軍、根も葉もない噂を流す人間の黒い部分、そういった原爆による被害とその後の人たちの描写がよく書かれていた。日記形式になっているため、時系列の確認がしやすいし、当事者目線で書かれているので、当時の状況がよくわかる。今は、放射線のことは素人の私でもある程度知っている。しかし、当時は放射線のことなんてまったくわかっていなかった。被災者を助けたくても、体の異変は原因不明であって、医者も処置に困る。医薬品も少なく、どんどんと被災者は増える。今も原爆症に苦しんでいる人はいる。
閑間重松(しずま しげまつ)の姪、矢須子に縁談が持ち上がるたび、彼女が原爆投下の日広島にいたという噂が立ち、被爆に対する差別から話がダメになっていた。この噂は事実ではなかった。今度の縁談に浮き立つ姪のためにも、重松は事実を明らかにしようと決意し、当時の日記の清書をはじめる。これを見せれば、先方も納得してくれるはず。……、しかし、清書が終わるより前に、矢須子の容態が急変し……。放射能が身近な問題となった現在だからこそ、重松の悔しさを、矢須子の無念を、あなたに読んで欲しい。
前から興味があったがやっと読めた。この作に限ることではないが最近名前を聞いたことのある小説を読むことなく死んでいくのは恐ろしいことだと頓に思う。だから恐怖感に似た思いに駆られて一気に読んだ。濃厚なる内容でどこ――原爆の日から終戦まで――をとっても文学として良い。個人的に好きだったのは主人公が坊主の家に行き経をノートする場面である。これは確か工場長に言われたんだったと思うが、原爆投下という悲惨な状況下、弔われる人々に向って経を読まんとする彼の行為が、非常に胸に残っている。一読を薦める。さあ読め。
ナイス! ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ -
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- 01/05
「いわゆる正義の戦争よりも不正義の平和の方がいい。」文中より。この一文を読んだ時焼き付いて離れなかった。どんな凄惨非道の事態の羅列も目を背けたくなる鮮明な映像も豊かなメディア媒体の中、産まれた時から多くの人物に守られ育った私には、平凡な日常自体の有り難みと非常事態の恐ろしさの感覚が麻痺というよりは薄過ぎることを知った。戦争を「知っている」では駄目なんだ。戦争を「分かっている」または「分かろうとする」ことが大切であって、先の引用文はたったの一文で私の目を開かせてくれた。この衝撃を忘れずに留めていかなくては。
広島に旅行にいくので。物資の管轄でいがみあったり、近隣の目を気にしたり、そういう日常の延長に原爆があり、その後も当然のようにその日その日を生き延びていかなくてはならない。この本はそういう広島のごく普通の市民を、左翼の思想からではなく、当時のごくあたりまえの思考の流れで描きだしている、そこがすごいところなんだろう。数年後からの回想という形をとることで、原爆による直後の苦しみと、継続していく苦しみの両方を描いている。たんたんと事実を記述する手記が痛々しくせまってくる。
痛々しい。即物的な描写が一層原爆の残酷さを引き立てるのだろうか。このような暗い題材であっても問題を曖昧にせず、一つの作品として書き上げた著者の意志の強さに感服せずにはいられない。
原爆の日から終戦・戦後を綴った作品。感情や会話の記述が少ないので、当時の悲惨な情景がより鮮明に描写されているように感じた。「ピカドンが落ちたから降伏したのか、ピカドンが落ちる前に降伏することは出来なかったのか。ピカドンを落とす必要があったのか。」と言う重松の思いに心打たれる。全てを奪っていく戦争は、本当に要らない。
やっとよみおえたわわ・・・ 読んでいたある日の夜、怖い夢を見て途中でやめようかと思った。ドラマチックではなく、大きな物語性があるわけではないけど、それで余計リアルに感じる。一瞬で何万人もの人が死んじゃうなんて事が、本当に、あったんだなあ。
本当に戦争を知っている方が書く戦争小説は実に心に響く。ところでこれ、小学生時代の先生に間違った結末を教えられていた。それを期待しながら読んだのに、違う結末になって吃驚。個人的な話だけど。子供の手を引いて逃げていた母親が、よその子の手を引いていたことに気付いて子供を置いて行くシーン。子供は「おばちゃんおばちゃん」と女性の後を追う。このシーンは一生忘れられなさそう……
舞台は戦後。主人公、閑間重松の姪、矢須子に結婚話が持ち上がる。姪を預かる閑間夫妻はこの話が何とか上手くいくように手を尽くすが、矢須子が被爆者だという噂が広まる。こんな噂など事実無根であるという事を相手方に訴える為に、当時の日記を引っ張り出して矢須子の身の潔白を証明しようとするが、徐々に矢須子の身に異変が現れ始めてしまう。被災者視点からの現状描写が生々しい。憤りを感じざるを得ない
主人公の直感の鋭さに感嘆。原爆投下直後から、それまでとの変わらない生活や、仕事をまっとうしようとする人々に驚いた。そうして、精神の安定をはかろうとしていたのか。終戦の玉音放送を聞くことを拒否し、小川のうなぎを見ていた場面がとても印象的。「白骨の御文章」を朗読してみたい。正宗白鳥についても興味引かれた。
一人の人間の日記をもとに原爆投下から終戦、その後の原爆病患者の生活などが絵描かれた戦争の記録。 いろんな戦争の記録の小説のように、痛ましい肉体的な描写より、その時何を感じたかという日記が多いので戦争がどれほど人の心を傷つけるかということを感じるのに一度読むことを人にすすめようと思う。 それでもやはり内容は痛ましいので無理強いはしないけれど、戦争を知らない私なんかは、こうして記録を読むことで戦争の痛ましさの一片を感じるしかない。 文章は古い漢字を使ったりしていて少し読みにくい部分もあり、読むのに時間がかかっ
主人公が勤勉に働いていることがとても印象に残った。重松は特殊爆弾だったことは知らない。爆心地に入ったらヤバイことも知らない。そういう情報は知らされていない。(知っていても、逃げられなかったかもしれないが。)だから真面目に、勤勉に、働くしかない。その真面目さ、冷静さは称賛されていい。でもそれは極めて哀しい真面目さであり冷静さであることを忘れてはいけない。これが「油脂爆弾」ではなく「特殊爆弾」だったことを知って速攻で逃げた人間がいたかもしれない。そういう文学作品があってもよい。そう感じた。
被爆による結婚差別から始まる、じっとりと忍び寄る恐怖に彩られた本。感情的に、ヒステリックに反戦や反原爆を叫ぶわけではなく、淡々と日常の記録を積み重ねていく。そしてこのささやかな積み重ねの中に、原爆と戦争が常に横たわり、日常を圧迫していく。単に感情的に描かれるよりも原爆の恐ろしさや救いのなさを感じてしまう。「被曝」とは一体何かについて知られていなかった時代、それでも生きようとする被爆者達の生き様は美しい。そしてまた、戦時中の人と人とのふれあい、助け合いについての描写も、現代において多いに参考になるだろう。
広島原爆のお話。原爆当時の様子(主人公の原爆日記)と主人公の現在の暮らしが交互に語られる。原爆日記では、自分が焼け跡を歩いているかのような気持ちにさせられる。また、現在の暮らしの記述が、原爆の悲惨さ、非日常性を浮き彫りにさせる。原爆悲惨さを後世に伝える貴重な作品である。
終戦から4年以上経ち被爆者に心ない言葉が掛けられるようになった頃。姪が原爆症でないことを証明するために綴る被爆日記。目を逸らしたくなる原爆投下後の広島の状況を、独特の事実描写と科学者のような考察を加えて淡々と読み手に伝える。戦争や原爆への感情表現を抑えているからこそ、時折、溢れ出す戦争への怒りに胸が締め付けられる。読み進むうちにある不安に襲われる。そして、不安が的中した時に深い悲しみと共に放射能の恐ろしさがひしひしと伝わってきます。この本を読むことで戦争や原爆があってはならないという気持ちに重みがでます。
広島原爆投下から始まる物語。反核というメッセージではなく、庶民の目線で淡々と綴られていく。だからこそ心にずしりと来るものがあった。「正義の戦争よりも不正義の平和のほうがいい」という言葉が深く刻まれた。
何度読んでも辛く、涙を流してしまう一冊です。物語は原爆から数年後の日常や姪の事、原爆症患者への風評について、そして当時の『被爆日記』を挿入して進んでいきます。淡々とした文章で、変わり果てた光景、原爆被害者の状況、黒こげの死体、死体の処理、蛆虫、ハエ、植物のことまで詳細に描かれ原爆後の混乱や恐怖が辛いほど伝わります。こういう時代に改めて読み返すと悲しみや苦しみがより感じられます。
想像し難い現実、現実、現実。原子爆弾の凄惨さ、その後誰がどうなっていったのかがひたすらに綴られている。TVや教科書で見るものとは全く印象が違う。読むのは辛かった。でも見たくないから見ないじゃ済まされない。起こってしまった事実は変わらない。今でこそ衣食住に不自由していないが、それは先人がこの辛い時代を生き抜いてきたからで。有ること、与えられることを当たり前だと思ってはいけない。私の祖母は戦争のことを語らない。ふと、祖母が私にしてくれたことを思い出してしまう。この本を読んで、改めてありがとうと言いたくなった。
ナイス! ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ -
コメント(4)
- 09/05
非常に読みづらくて、読み始めてから読み終えるまで3週間近くもかかってしまった。昭和文学の古い読みと漢字が難しくて、私の語学力ではかなり苦労した。 お話としても、淡々と広島の状況を伝えているだけで、物語に起伏があるわけでもなし、読んでいてそんなに面白いものでもないな、と思った。当時の人々の生活が丁寧に記述されているので、そう言う部分では参考になるけど。 聞いていたほど、差別テーマの物語ではなかったので、それを確認できたことが収穫だったと思う。
広島に原爆が落とされた日から数年後、当時の日記を挿入しながら物語は進んでいきます。思った以上に読みやすかったのは作者の筆力に由来するものと、悲観的になり過ぎず当時の状況や戸惑いを描いていることだと思います。悲惨な出来事の後でも人は生きて生活していたことを教えられました。今問題となっている原子力発電は放射能を後世に残さず処理する方法が見つかるまで手を出すべきではなかったと思います。長いこと放置していましたが、読んでよかったと心から思います。
淡々とした文章から犇々と伝わる映画の中の出来事のような事実。今までこの凄惨な事実から目を背けてきた自分が恥ずかしい。こんな歴史は二度と繰り返してはならない。原爆の怖さは一瞬だけでなく何十年も人々の身体を蝕む。果てしなく重たいが文学史に燦然と輝く紛うことなき名作。意を決して読んで良かった。ただ酷く体力と精神力を使いボロボロになるのでなるべく元気な時に読むべし。2011/327
誇張するでもなく感情的でもなく、覚え書きのように淡々と綴られる被災地の描写に背筋が凍る。様々な人々の被災の様子が散りばめられており多角的で鮮明に描かれていた。6日から15日の広島の慌てふためく様子が細かく、作者の丁寧な取材が伺える。後遺症の記述も考えさせられるものがあった。最後の顛末は矢須子に広島の再生の希望を託したのだろうか。絶望的でも私は彼女の復活を信じたい。
【※長文※】読み進めるのがこんなに辛かった作品も他にない。淡々と凄惨な描写が続く。…重い。とにかく重すぎて、受け止めるのが辛い。 普通、戦争物を読んだ後には「こんなひどい戦争を二度と引き起こしてはならない」などの感想がすぐに浮かんでくるものなのだが、今回はそういった感想すら思い浮かばない。現に今も、この感想をどう書いたら良いかわからずに戸惑っている。 爆弾の強烈な熱と光で一瞬にして影になってしまった方々と、そこで生き残っても壮絶な原爆症に後々まで苦しむことになる方々。どちらの方がマシ(続コメ欄)
広島への原爆投下から終戦までが淡々と描かれる。思わず目をそむけたくなるような惨状。市民の悲劇である。もう一度向き合えるように読み返したい。
当時あった出来事が日記の清書と言う形で淡々と綴られて行く。だからか余計に生々しく、読んでて辛かった。人は何故このような兵器を生み出してしまったのでしょう。改めて、こんな事は繰り返してはいけないと。強く思わされました・・。
長崎平和祈念式典を見つつ…6日の夜から読みはじめて、今朝に終えた。「一発の原子爆弾が落ち、未曾有の大災害と悲劇が起きた」、とここで述べることの、なんという「かんたん」さだろう。ここで、400ページにもわたって、わたしは井伏さんの文字を追いかけたし頭の中にたくさんたくさんの光景を見せてもらったけれど、それでも、ただ一人の人の被爆を描いてもらっただけで、なにも全貌がわかったわけでなく。まだ、まだ、追いかけるものは膨大で遠いのだという思いが、だんだんにふえていきます。まだたりない、わたしはまだ、知らない、と。
日本人なら誰もが知っている、広島に原爆が落ちた日。原爆が落ちた瞬間に即死した人もいれば 火傷で苦しみながら亡くなる人も。しかし原爆が怖いのは、軽傷で助かったと思っても放射能の影響で急死してしまうこと。こういう時期だからこそ読むべき本。
ちょうど今日読み終わった。原爆のあった日から終戦の日までの日記を清書するという形を中心にして話が進んでいくが、とても重い。実際にあった話通りなのかは分からないけど、原爆が落とされた直後はこのような情況だったのかということを恥ずかしながら初めて知った。特に当時はどのような爆弾だったのかも分からないままに広島に入ってくる人も多数いたため、より被害が広がり、何年後も尾を引いている。このような経験をした国がなぜ今のような現状になってしまったのか、反省しなければならない。
いわゆる原爆小説。この小説は有名作品だが今回はじめて読んだ。とにかく原爆の被害の凄惨なことこの上ない。また戦時中、しかも敗戦直前の困窮と原爆投下後に焦土と化した広島の地においてなんとか生き延びようとする一家の奮闘がいじらしい。
何回も読むのが辛くなってしまう作品でした。ページをめくるたびにものすごい惨状が広がっていて「悲しい」という言葉だけではうまく表せない気持ちになりました。そして原爆の惨状と対照的に淡々と日常も描いているので余計にやりきれない現実をまるでその場にいるかのようにじわりじわりと感じました。この本を読んで戦争は悲劇しか生まないと改めて思いました。原発が問題になっているなかで、また日本人として多くの人に読んでもらいたい1冊です。
情景が綿密に描かれていて、かつ、淡々と語られているため、イメージがしやすくインパクトがあった。ただただ悲しい。中学生のころに、原爆で被爆した方の話を聞いたことがあるけど、どのような話だったかまったく覚えていない……(汗)
みっきぃ@灯れ松明の火
教科書に載ってた小説は、太宰治『津軽』、大岡昇平『野火』、中島敦『山月記』ぐらいしか記憶にないんですよね……(汗)授業の進行無視して、教科書を読んでいた記憶があるんですけど、何を読んだんだかさっぱりです(汗)
ナイス!
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07/29 09:13
教科書に載ってた小説は、太宰治『津軽』、大岡昇平『野火』、中島敦『山月記』ぐらいしか記憶にないんですよね……(汗)授業の進行無視して、教科書を読んでいた記憶があるんですけど、何を読んだんだかさっぱりです(汗)
ナイス!
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07/29 09:13
読んでいて、生々しい惨状が目に浮かぶようでした。原爆は何を生んだのでしょうか。日本はなぜまた同じ悲劇を繰り返そうとしているのでしょうか。
この夏、ぜひ読んでほしい1冊。 この小説は、私が今まで目にした原爆について目にしたどんな資料とも違うものでした。 被爆という非日常な恐慌的体験が、日常として綴られる、登場人物たちの息遣いを感じるような作品です。 これまで、戦争文学として敬遠していた人にも。原爆文学というジャンルには収まらない、小説としての完成度の高い文学作品です。どんな状況にあっても、日常はやってくる。その中で、ひたむきに生きようとする人々の姿に、今だからこそ、感じるところがきっとあるはずです。
昭和45.6.25。335p。 閑間重松・シゲ子。姪の矢須子。 淡々と描かれるからその当時の生活をリアルに感じる。何も知らないとは本当に怖い。
黒い雨の
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感想・レビュー:117件
























































