三四郎 (新潮文庫)
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三四郎の感想・レビュー(1185)
田舎から都会へ出てきた三四郎の青春小説。三四郎の失恋を綺麗に描いているのが好きだった。ラストの終わり方は上手いなと思ったし、この終わり方、好きだなと思いました。
上京したての帝国大学の学生三四郎の物語。最初大学の講義に期待して熱心にノートを取るも与次郎に講義なんて真面目に聞いたってしょうがないと言わて拍子抜けしている場面が自分と重なって面白かった。美禰子がつけているリボンが野々宮君の買ったものではないかと気をもんだり、野々宮君と話しているのを気に食わなく思ったりする三四郎の純情さに共感。 個人的にあるあると思ったのが美禰子に急に迷える子と言われて、うまく答えられず、あとからこう答えればよかったと後悔するシーン。自分もこういう所が有るので、漱石も一緒なんだなと思った
この小説にはものすごく共感できる。共感できる理由は元来人の心というものが何時の時代もあまり変わっていないことだ。しかし文化や思想など時代の特徴というのは常に人の感情とのギャップを生み出してしまう。それが恋愛や思想の面でうまく描かれていたことが、まず良かった。それと夏目漱石の情景描写は凄い。まるでその場の匂いまで伝わってきそうなほどだ。あと美人の描写も凄くいい。とにかくハマる人にはハマります。普通におもしろいので一度読んで見て欲しいと思います。
田舎から都会へ出てきた内向的な大学生が、知的で思想家の様な先輩や華やかな女性らと交流し、故郷とは全く違う新鮮な生活を送る話。美禰子の意味深な振る舞いに振り回される三四郎から、行動を起こなければ物事は成就しないことを表わしている。___ 美禰子は、一時的には三四郎の事が好きだったのではないかと思った。相手を臆病に感じつつも、自分も分かりにくい気持ちの表わし方しかできず、結果的には三四郎を惑わしただけになってしまった謝罪の意味で、最後のセリフを言ったように感じた。
三四郎の大学生活での学問・友情・恋愛が淡々と書かれていた。100年以上前に書かれた作品だが、当時の人と現代の人は本質的には何も変わっていないと思った。当時の大学の講義も退屈極まりないのだなぁ。与次郎が人に迷惑をかけても悪びれることもなく平然としているその性格は何故か好感を持てる。自分が三四郎の立場だったら本当に迷惑だろうとは思うが。 この時代の作品を読み慣れていないせいか、読解するのが大変だった。自分の日本語能力の乏しさを痛感したが、今後も日本文学を積極的に読んでいきたい。
すごく好きなフレーズ。 ・「なぜ年を取ったのか?」と嘆く広田先生に対して女 『あなたは、その時よりも、もっと美しいほうへほうへとお移りなさりたがるからだ』 ・更に、その次の文章も好き。 『その時ぼくが女に、あなたは絵だと言うと、女がぼくに、あなたは詩だと言った』
勉強、友情、恋愛など、時代に関わらず誰もが通るであろう青春。初々しい上京から徐々に大人に成長していく過程が懐かしさを感じさせる。印象に残るのは上京時の名古屋での途中下車と恋愛感情を初めて口にした場面。目に浮かぶような季節や風景の描写も良かったですね。
上京する汽車でたまたま乗り合わせた女性と名古屋で同宿することになったが、何もせず、翌朝「あなたは余っ程度胸のない方ですね」と言われてしまう三四郎。形式上は三人称小説であるが、語り手は三四郎に寄り添う形になっている。そのため、美禰子をはじめとする登場人物たちの心理はあまり語られず、純朴青年三四郎が翻弄される様子が上手く描くことが出来ている。『三四郎』以後、漱石は夫婦(男女)関係を中心とする作品を数多く書くこととなるが、それらの作品でもまた女性の心のうちには入りこまず、女性は分からないものとして描かれる。
読んだ後にすごくおもしろかったと思う本ではないけど、明治の時代って今よりゆっくりゆったりした時間が感じられてなんかいいなと思う本。与次郎がおもしろくて好き。
課題なので読んでみた。じゃなければ、きっと読まない本。読了後、特に何かを感じただとか得たとかは思わなかった。それが今の感想。もう一度読めば変わるかな。どちらにせよ、読まなくてはいけないんだよな。できれば、大学生になってから読みたい本。今の自分に、三四郎の気持ちはよくわからない。
昔、この小説のことを柔道の話だと勝手に思い込んでいた。姿三四郎とカン違いしており、夏目漱石は色々知っているんだなぁと思った記憶があり、この年齢になって罪滅ぼしというわけでもないが、初めてきちんと読んだ。印象的なシーンが多かった。これといった筋がない為か、読むのに時間がかかってしまった。
小学生だか中学生のころに一度読んだ記憶があるのだが、中身の印象が無い。齢四十を過ぎて、今までの半生の中でこぼれ落ちた物を拾っておこうかと30年ぶりくらいに手にしてみた。さて、この作品が朝日新聞に連載されたのが明治41年(1908年)とのことだから、今からだと100年前のことになる。当時と今の時間の感覚が違いすぎて、読み出した最初は軽いめまいさえ覚えた。しかし読み進めるにつれ20代前半の男子大学生の生活や時間感覚なんてのはそういえばこんなもんだったかなと、微笑ましく又気恥ずかしく思った。時間の感覚がずれたの
Shimpei Nakajima
時間の感覚がずれたのは自分のほうなんだなと気づく。登場人物も大学関係ということで浮世離れはしているが、その考え方は現代の我々と変わらない。明治という近代への変化を敏感に捉えた作家なのだと思う。
ナイス!
-
01/08 11:06
時間の感覚がずれたのは自分のほうなんだなと気づく。登場人物も大学関係ということで浮世離れはしているが、その考え方は現代の我々と変わらない。明治という近代への変化を敏感に捉えた作家なのだと思う。
ナイス!
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01/08 11:06
1904年に新聞に連載された小説。100年も前の作品なのに、ここまで共感できるとは!驚いた。田舎を出た三四郎が、新しい刺激に翻弄されていく描写がとてもうまい。自分が上京した頃の気持ちを言い当てられた気分だった。漱石の文才に改めて尊敬の念を抱いた。
熊本の高校を卒業し、東京の大学に入学した青年、小川三四郎の日常を描く。漱石の本をあまり読んでいないので比較対象が限定されてしまうが、強烈な個性を放つ江戸っ子で直情径行の「坊っちゃん」と比べると、三四郎はなんと腑抜けていて取り柄のない青年であることか。行動のすべてが受動的だ。本の帯に「三四郎は君だ。」とあるが、なるほどと頷ける内容である。それだけに三四郎に自分を投影しやすい。学問、友情、恋、と彼を取り巻く日常は現代と本質的になんら変わらない。三部作すべて読んだ時にはまた本作の印象が変わってくるかもしれない。
上京した冴えない学生・三四郎の日常。勉学や恋愛、友人関係等々が描かれている。不器用な三四郎の行動は、どうも私の学生生活とかぶって見えたよ。大きな事件が起きるわけでもない、ありふれた日常だけれど、それでも引き込まれる。流石は漱石というところ。
面白い!昔の本なのに新しい。新鮮な、自分にはない考えがたくさん載ってる。5月病のときに読みたい本。表現も好き。なぜ昔の日本は目が細い美女ばかりを絵にかいてきたか、とか。これが明治とか本当すごい。
青空文庫にて。明治時代の恋愛というか、不器用な恋愛模様がおもしろかった。三四郎の勇気をふりしぼった告白をさらりと流すあたりが現代の女性を現したのかな。熊本から東京にでたきた三四郎が自分の田舎を野蛮な所と表現したあたりが、都会ナイズされていて今の人間と変わらない。女性の思わせぶりな態度にふりまわされて最後まであとをひきずっている三四郎が少しかわいそう。でも青春とはそういうものなんだろう。村上春樹のリア充よりは共感がもてる。
印象的な出会いの後は、日々ゆるやかに流れゆく時間。特に大きな事件が起こる訳じゃないけれど、この淡々とした文面からは夏目漱石が生きていた時代の日本が垣間見れて面白い。解説に『青春小説の古典』とあったのも分かる気がする。互いにどこか惹かれる物があってもなかなか積極的に動けず、そうこうしているうちに曖昧で繊細だったその関係性が変化してしまう…寂しさも感じるけれど、読後感は意外と爽やかに感じました。
予想以上に淡々とした小説。三四郎が可愛く思えた。けど、一番好きなのは与次郎かも笑 二十歳前後だと女の方が全てにおいて上手だとか、女が強くなって独身者が増えるとか…100年前と今は、実は似てるのかなー。学生が講義をろくに聞かないところも。
発展のない恋愛。そのままゆっくりと流れていく時間。2人の迷える羊。単純だけど美しい。そういえば広田先生は美禰子のことを「露悪家(=無意識の偽善者)」だと言っていた。この小説の大切なキーワードだと思う。次はこのことを意識しながら読んでみよう。
まだ一回読んだだけでよく分からない。学生の自分としては「明治の学生も同じようなこと考えてるわ」と思ったりして、時代を知る手助けにもなった。列車で先生と出会うシーンが一番好き。
前世代と現世代の構図が今回も気になる。維新以前を知る前世代においての明治をみる視線はいつも冷笑含みであるなあ。若く田舎者の三四郎が東京ライフへ移り住んで劇的な変化に当惑しながら結構酸っぱい経験をするんだけど、三四郎の性格なのか東京帝大の衒学的過ぎる雰囲気のせいなのか、あまり酸っぱくなり過ぎず、りんごの薫りのような爽やかさが漂ってくる。三四郎と美禰子が会った瞬間を絵に残したのは結構ドラマティックなはずなんだけど、さらっと終わったところに三四郎にはこれから多くの時間と機会が用意されるんだろうなあと思わせられる
なにか事件のようなものが起きるわけでもなく、上京したての大学生三四郎の眼を通して淡々と日常がつづられるだけの小説が、なぜこうも面白いと感じられるのだろう。形はとらないが確かに存在はしているように思えるような、という曖昧なものをスマートに描ける夏目漱石はやっぱり天才だった。何ともなく流れる日々や、人と人のつながり、あるかないかの恋心、日常は曖昧なものにあふれている。
東京上京物語。特にこれといった事件も起きず、三四郎がほのかな恋心を抱きつつ何も出来ずやきもきする感じ。漱石らしいといえばらしい小説。
地方から東京に出てきた主人公、多分今とは比べものにならないくらいの別世界。
下らない都会生活と、少し面白い人間模様、そして切ない恋等々、読んでいて何故だか胸が温かくなりました。
授業でやるので急いでざっと読んだだけ。なのであんまり心に残らなかったなあ。とりあえず三四郎がへたれなことはわかった。授業終わったら感想も変わるかもしれない。
淡々と綴られる三四郎の上京生活。上京する列車の中での出会い、東京帝国大学の学生として始まった生活の中での出会いが語られる。心理描写はほとんど無く、様々な出来事が写生のように描写される。さほど行動的ではない三四郎と対比するように登場する与次郎。与次郎に振り回され迷惑を被る三四郎だが、反面彼のおかげで様々な知識人と知り合ったり、気になる女性とも近づきになったりする。まだまだ封建的な時代背景の元、女性は自分を「迷える羊=ストレイシープ」と表現しながら周りの決めた縁談により嫁いでいく。
うぶな青年"三四郎"の内の衝動を細かく描いており、こちらの心情にまで響いてくる。美禰子が恋と現実に"迷える子羊"(ストレイ・シープ)らしいが、私には都会で悩み震える三四郎こそが"迷える子羊"にしか見えなかった。世の女性諸君には、このような"迷える子羊"たる男児を取って食わぬように切実にお願いしたい。【続く】
描写が色々と素晴らしい。田舎から上京した三四郎の変化、恋、そして失恋。美禰子に惹かれていき近づくけれど、美禰子は多くを語らない。その距離感や三四郎の思いがとても切なく面白い。恋愛小説。
舞台は明治、外国からの近代化を迫られ、ある種の分岐点にあった時代。主人公は田舎から上京してきた大学生。この田舎と日本、東京と外国の対応は「こころ」にもあったけど、「三四郎」では「こころ」のように風刺的ではなく、三四郎の変化にフォーカスされたものであったので、読みやすくて面白かった。stray sheepって日本のことなんじゃないかな。それにしても過去の時代を俯瞰する立場としてではなく、明治という時代の流れのなかにいながらこんな小説書けるもんなのかな、と「こころ」の時と同様に感震した。
こんなにも微妙で、無かったといえば無いと言えてしまうような関係と心の機微を、よく描けるなあと思う。退屈な小説と思う人がいるのも頷けるけど、私はずいぶんたくさんの表現が気に入り、楽しみました。それにしても、別段奇抜なところはないのに登場人物がよく立っている。特に、作品の中を走りまわる与次郎が一番好き。みんなに愛すべき悪戯者とか言われててぽわわん。個人的に、当時の寄席へ遊びにいったくだりが嬉しかった。
名前はテストで覚えたものの、内容は全く知らなくて、それに腹が立ち読んでみることにしました。恋に迷走する三四郎、広田先生のため奔走する与太郎、悪女のかおりがする美禰子、偉大なる暗闇の野々宮、その妹よし子、哲学を吹く余裕の広田先生。人間が細かく描かれてて、一人一人に好きなとこもあれば嫌いなとこもある。この小説がとても素敵で大好きになりました。機会があればまた読もうと思います。
三四郎の
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