考えない練習
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考えない練習の感想・レビュー(613)
僧侶が書いた仏教ベースの自己啓発本。理論的に分かりやすく書かれています。他のスピリチュアル本と違ったなぁと思ったのは「感謝をしない」というくだり(正確には思ってもないのに「ありがとう」と言うと自分の心を苦しめる)。口先だけの感謝など言わないほうがマシです。なぜならそれは嘘を付いているに等しいのですから。 ネットユーザとして気になったのは他人への怒りや憎しみなどの感情が脳を刺激し、脳がそれを快感と間違えさらなる刺激を求め怒りを増幅させるという指摘。これは炎上や一方的な理論で(時には単なる罵倒として)誰かを攻
他人に受け入れてもらおうとSNSでいろいろ書こうとするのは煩悩が大きくなるだけだから一喜一憂しないようにしましょうね、というようなことが書いてあります。 そうだ、うん。
正しい生き方のハウツー本。物の考え方を変えると心は穏やかになり、身体を歪ませるストレスも減る。自分は今「○○」と考えているんだな、と思考を括弧で囲む方法はとても効果的だと実感した。人生や人付き合いに疲れたり悩んだりしている人にそっと勧めたい一冊。
他の自己啓発本にはない仏教的教えが分かりやすく書かれていて面白い。 読んでいるだけで少し心がラクになりました。 他の著書も読んでみたい!
自分では思考と思っていたものが、ただの刺激とそれに対する反応だと分かった時に、それらを切り離して、反応から生じる思考と発言をコントロール出来るようになる。それを繰り返す事で、良い刺激の来る確率が上がり、思考と発言の質も上がる。ざっくりまとめるとこんな感じ。
ストレスフルな日常を生き抜くヒントがたくさん。実行し習慣化するには相当な努力が必要ですが、求めたい自分像に近いかなと思いました。 / ストレス原因からの心の反射反応を食い止め、客観的に自分の気持ちを見る。 / 『煩悩は、求めれば求めるほど増えるもの』 読書メーターも含め、ネットの使い方にもっと気をつけなければ。 ★★★★★
ヴィパッサナー瞑想を思い出す。煩悩に振り回され何をしている時にでも雑念があって集中できないというのはずっと感じているところだから、定期的に瞑想の経験を思い出すことは大事なのだろう。快と不快の感情を増幅させて反応していると自覚することが第一歩か。子どものころはまだ「思考のノイズ」が少なかったような気もする・・・何故だろう。
静かに暮らしたい人には良い本。ノイズも併せて楽しむ人には「???」。考えることは大切だよ。雑念の中から何かが出てくるかもしれない。風の音を聴く。待つことを楽しむ。降伏する勇気を持つ。この3点が収穫。それにしてもみんな疲れているんだな、私もだけどさ(苦笑)
「考えなきゃいけない」っていつも無意識に思ってる自分に気づきました。ずっと泳いでいないと死んじゃうように思ってたけど、思い切って泳ぐの辞めたら気持ちよかった、ていう気持ちに極めればなれるかも。と思いつつ、やっぱり考えちゃうんですが。
いやあ、読んで良かった。自分がいかに思考のノイズにさらされていたか、わかりました。おかげで少し、精神の負担が少なくなったような気が。手元に置いて、おいおい読み返したいと思います。
日常生活のひとつひとつよりも、娯楽や悩み事など、人の心は刺激の強いものを求める性質がある。そのため、何かしている最中でも中途半端な雑念だらけ。そんな心の性質を理解し、雑念をコントロールして、今に集中するための仏道の考え方が易しく説かれていました。感覚を研ぎ澄ますことで、コミュニケーションの相手も大切にすることができるようになるというのは、いいなと思いました。
思考のノイズを減らし、意識して五感を使い今を大事に。心のコントロールすること、それが仏道のスタートでゴール。数年後に再読したい。
人の思考は常にノイズ(煩悩)が混じっている。だからもっと五感を研ぎ澄まし、ノイズを減らしていき、心穏やかに過ごせるよう精進しましょう、と勧めている。「苦しまない練習」とあわせて、再読しようと思う。只、巻末の対談は、読んで良かった半分、読まなきゃ良かった半分。何故ならば、巻末の対談を読んでしまった事により、著書本人のこの本さえ、ノイズではないかと疑心を頂いたからだ。
とても気付きの多い本。情報化社会と呼ばれる現在だけど、改めて自分もその一員だなと感じた。欲を捨て、五感を大切にすることは大事だと思う。
煩悩には「欲」「怒り」「迷い」などがあり、「怒り」とは「受け入れたくない、見たくない、聞きたくない」と反発する心の衝動エネルギーである。また「怒り」には「やる気がしない」というネガティブな思考や、妬み、後悔、寂しい、緊張するといったものも含まれる。「怒り」は忘れたつもりでも、潜在化しノイズとなって普段の思考に影響する。このノイズによって五感が鈍り、(生きている)実感が薄れ、幸福感が損なわれる。 文章がやさしいだけによく理解できて耳が痛い。図書館で借りてきたけど、買って何回か読んでみようと思う。
著者は、東京都世田谷区:月読寺の住職・山口県:正現寺の副住職を務める。ウェブサイト「家出空間」の立ち上げや、お寺とカフェの機能を兼ね備えた「iede cafe」等を手掛けている。現在、自身の修行のかたわら、月読寺やカルチャーセンター等で一般向けに坐禅指導を行なっている。 著書に「自分から自由になる沈黙入門」「もう、怒らない」「貧乏入門」「偽善入門」等多数。 私たちが失敗する原因は全て、余計な考え事、ネガティブな考えごとでが影響している。「思考」さえストップできるようになると、自らの「心」を思った通りに
■小池龍之介という若い僧侶による休脳(休思)のススメ。頭で考えずに、五感を使おう。すると、イライラや不安が消えていく・・・!(^^)!●三つの心の毒 ①欲 ②怒り ③迷い●悪口は結果的に自分の心を汚す●音を立てないで動作する練習●あがり症は、そこにいる人たちとの関係において、自分で勝手に考え過ぎて緊張している●執着からの脱出ーーー捨てる訓練●人は充実しているときは、休みたいとか逃避したいとは思わない●ルールを守らないと、心がマイナスを引き寄せます▶さぁみんなで休みましょうヽ(^。^)丿
心の平静を保つためにいろいろな本を読んだが、中でもこれは一番シンプルに心に入ってきた気が。何かにとらわれた時、自分の感覚に集中する。自分の感情を見つめる。不愉快なことが起こった時、「反応」しない。声に意識を向ける。そのようにして身の回りから少しずつノイズを減らしてゆく。すぐに実践できて、少しずつ成果が感じられそうな、そんな期待に勇気づけられる内容。
仏教徒の方が穏やかな理由がわかったような気がする。ボーっとする時間が作れない昨今、立ち止まることの大切さ。若いお坊さんならではなのかメールやノイズという言葉に煩悩を置き換えて話は進む。親しみのある日常を交えて難しい教えをかみくだいてくれているのが嬉しい。清潔感のある著者のいでたちがさらに受け入れやすさを増していると私は思った。
頭に刺激を与えすぎないこと(不快ですら「刺激」として頭は欲している)のようなことを読んで、その頭に振り回され続けていた自分と距離をもっていこうとは思うようになりました。書いてあることが、いちいちもっともで、痛かったけれどそれはきっとよい痛みですね。素直に少しやってみようと思います。頭に振り回されずに、冷静に。
凄く分かり安く説明をしていて助かるなあ。人間の欲から全てが始まって終わる感じがする。良く思われたい欲望、イライラ、悪口が全て自分の欲。眼を瞑って深呼吸、自分の声を聞き見つめなおす。高い声で怒った様に話すのではなく静かに、そう、静かに・・・そう思うことが大切。失敗しても、そう思い直す事が大切。さあ、深呼吸・瞑想を始めてみようか。
失敗する原因はすべて、余計な考えごと/感覚に能動的になる/ひと呼吸おく/相手のしんどさを和らげるためにどうするか/風の音/愚痴を言っている方はそもそも、その内容を伝えたいというより、自分のことをわかってもらいたい/「あんな店、潰れればばいいのに、と思って私はイライラした」と書く/困っている人にしてあげられる最も大事なことは、静かにしていてあげること/善友/先に降伏できる人のほうが、鍵を握る/思考のノイズを沈黙させましょう/その音があるからイラつくのではなくて、イラついているから、その音がうるさく感じられる
さんまさんが司会をしてるバラエティ番組に出演なさっていた方で、共感できる意見を主張していたので、読んでみた。仏教に通ずる教えとしての座禅などを、日常に浸透させることで気持ちをコントロールする手段などが段階ごとに書かれていて、なるほど、こういう生き方もあるのだな、と考えさせられました。
『思考病』私達は何も考えたくなくても、四六時中何かを考えてる。思考を止めることはとても難しいこと。なぜなら考えることは刺激的だから。その刺激が心を苦しめてることに気付いてないから。心の悲鳴に、気付いてあげてください。私がこの本を読んだのは3度目。心を見失いかけたら、何度でも読もうと思う。
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