いくつもの週末 (集英社文庫)
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いくつもの週末の感想・レビュー(508)
結婚生活ってどんなもんよ?って思ってたけど、このエッセイ読むと、家族になるっていいなーと思える。それぞれのやり方で相手を思うこと、必要とすること、一緒の時間を過ごすこと。そうやって夫婦になるんだなーと思った。
江國香織さんと夫の、アンバランスなように見えて実はバランスの取れた生活の描写が面白い。江國香織さんは理論的だけど、その理論そのものがどこかとんでいてそれ自体がすでに面白い。また、彼女の夫は理知的な人かと勝手に思っていたが、かなり子供っぽくて驚いた。でも予想よりもピタリはまった二人に感じるのも面白いところ。
お酒が半月もあくとふいに飲みたくなるように、ときどきどうしても欲してしまう。思いだしたら最後、「あの瞬間の不本意な感じにはちっとも慣れない。用があったのに。」だとか「夫は毎日ここに帰ってくる。私に会いたくなくても帰ってくるのだ。そのことが腑に落ちなかった。」などの言葉を摂取せずにはいられない。愛のせいで、愛が故に常に滲み続けるくろい気持ちを、これと突き合わせて中和するのだ。また、こんな「媚びない」甘えを発することのできる江國さんにキュンとし、心動いた自分自身にもキュンとして満足する節もある。
ひとりの方が楽に決まってるけど、それでもふたりでいたい。結婚とはそういうものらしい。頭では理解したけど心ではまだよくわからないかな。結婚したらわかるのかな。
江國さんが結婚2〜3年目頃に描かれたエッセイ、らしい。なんというか、自身の作品の主人公そのままのような、ふわふわとした愛らしい不思議ちゃんぶりに、ぼへー(´Д` )と思ってしまった。いや、決して悪い意味だけではなく。きっとこういう可愛らしい女性が男性の庇護欲を掻き立てられるのも真実であり、一方で「面倒くせー!」と思う男性も少なからずいるであろうことも真実なのだ。ひとつの読みものとして興味深かった。多分うちの旦那は「面倒くせー!」派だと思う。
実は江國さんの小説を読んだことがない。そして多分これからも読まない。エッセイは大好きなのに、小説となると気が引けてしまう。江國さんの小説を読むにはパワーがいると思うからかもしれない。或いはフィクションの恋愛まで背負い込みたくないからかもしれない。私は恋愛小説自体があまり得意ではないから。だけどこの本だって、言ってみれば恋愛小説だ。他人の結婚生活。時に甘く、時に切なく、静かに、しかし激しく過ぎていく愛の時間。でもこれは生身の人間の恋愛。共感したり、江國さんを可愛いと思いながら、私はどこか安心している。
江國香織さん結婚2年半目の、自身の結婚生活エッセイ。小説かと思うほど江國ワールドそのままだったので、きっとほかの著書も「本心で書いている」んだなぁとぼんやり思った。結婚生活は「どちらかが情熱、どちらかが寛容をもっているとうまくいく」ってちょっと納得してしまった。経験したことないのに。
一人が楽。勝手気ままに過ごせる日常は、愛すべきもの。でも、誰かと暮らすのも素敵なのかもしれない。/
依存は怖い。誰かがいないと生きていけないなんて、まっぴらごめんだ。しかし、そのくせ誰かに必要とされたいと思う。誰でもいいんじゃなくて、この私を求めて欲しい。私もいつか、「自分用の男のひと」を見つけて、「誰か用の女」になりたいと思った。
ただ甘いだけではなく、かといってつらいということでもない夫婦の生活。一人の方が好きなものを食べて、好きに時間が使えるのに、どうして私は結婚したのだろうと思う。それでもこの人と一緒にいたいと思ってしまったからなんだろうな、とこのエッセイを読んで思った。筆者がどうしようもなく夫のことを好きなんだというのと同じ気がする。今まで読んできたエッセイの中ではひと味違ったビター感があってよかった。浮かれてもいない、かといってシニカルなわけでもない。ただ、淡々と綴られた日常。もう一度、ゆっくり読もうと思う。
結婚するってめんどくさいときもある。でもそれと同じぐらいの安心感がある。2人でいるのに、うっすらとした孤独があり、孤独ではあるはずなのに、共有できるひとつひとつが毎日のなかに、喜びとしてキラキラしている。そうか、これが結婚するってことなんだ、夫婦ってこういうもんかと気付かされる。
これはエッセイのはずなのだが、江國香織の小説そのままだった…。この人は、本当に、夜中にアマレットソーダを持って家の前の駐車場で猫と語らったりするんでしょうか…。そして解説にあるように、怖い本です。不穏な本です。するするとよめるのにいろいろひっかかります。何度も読み返す愛読書になりそうな予感。
二人はときどき途方もなく寂しい。と言う江國さんの、結婚2年目のエッセイ。やっぱり江國さんの紡ぎ出す言葉が好きだ、と再確認した一冊。飾り立てるキレイさではなくて、飾らないキレイさ。行間は時として、言葉にはできない多くの言葉を、とても雄弁に語る。しかし、初版は2001年ですか(・・;) もう10年も前になるのね。今の江國さんが描くエッセイも読んでみたいな。
江國さんの本で一番好きかもしれない。始めて読んだときは、結婚の”け”の字もないような時期だったので「変な夫婦」と思ったが、結婚してから読んだらとても共感してしまった。偶然にも一年前のほぼ同じ時期に再読している。結婚年数を重ねる度にわたしはこのエッセイを読み重ねていくかもしれない。毎年少しずつ共感する箇所が変わっていくんだろうな。
夫婦生活についてのエッセイ。後書きで「物語」と述べているけど、ほんとに作り話みたいに素敵。著者は生活の隙間にある小さな幸せを汲み取るのが上手。
著者自身の結婚2年目から3年目の生活を描いたエッセイ。結婚生活の絶望と幸福の間、ひとりとふたりの間、結婚と離婚の間、そういうものを描き出しているように感じる。「ごはん」がいちばん笑った。私には難しい本の息抜きに読む、ちょっとつまむチョコレートのような本。
江國さんの結婚生活をつづったエッセイ集。結婚15年を迎えた私には、とても懐かしい結婚3年目の生活。ケンカと、楽しい週末と、つまらない月曜日と、『ごはん』と、2人乗りの自転車と、夜の散歩と、1人の時間。きっと結婚している女性なら共感できる部分がたくさんあると思う。
彼女の日常は「物語」だな。ドガの絵の中で起こっているようだ。コーヒーが似合う日常!優しい丸い文章が読みたくて読んだけど、正解。しかし私はやっぱり刺激的なジャンクな文章が読みたくなったのでありました。おこちゃまですね。脳内BGMは秦基博「やわらかな午後に遅い朝食を」
結婚生活の幸福と、哀しさが描かれてるように感じた。このエッセイを読んでウエハースの椅子を思い出したのはわたしだけ?幸福と絶望が表裏一体って感じが似てる。"いつも週末だったらわたしたちは木っ端微塵だ。""一人の孤独は気持ちがいいのに、二人の孤独はどうしてこうもぞっとするのだろう"とか、幸せな情景の中にこんなことちりばめられてるから余計にシビアだなあ。この人、人生の孤独とか淋しさをいつも感じて背負ってる気がする。だから共感できちゃうし、好き。わたしの勝手な感じ方だけど。
低温でいて情熱的なお話ばかりだった。冷めているようで、静かに燃えている。1つの物語として読んだ後は清々しくて、何度でも読みたくなる。そして私の場合、今はまだ1人でいいと思わせる本だった。まだ誰かの女になる時ではないのかもしれない。でもいつかこの人を自分専用の男にしたい、この男だけの女になりたいと思えるような人に出会って、結婚なんかを考えるようになったら、この本のことを思い出す。そしてまた呆れるほどに読み返すのだろう。それまで江國さんにとってのチョコレートが、自分だったら何になるのか考えておこうと思う。
エッセイ。結婚生活がどれほど不自由で、窮屈かを説いているのに、なぜか結婚したくなるお話。素敵なフレーズがいっぱいあって、何度でも再読したいと思った。
ふわっとした暖かさを感じさせる結婚生活を綴ったエッセイでした。生活を描いているのに、生活感を思わせない情景描写で、純粋に結婚生活に憧れを抱きました。
誰かにくっついていたくなる1冊。そしてこの本からは「ウエハースの椅子」の入口がちらつく。エッセイだけど、もうこれは小説のように読んでしまった。こんな可愛らしい女でありたいなと思う。
江國さんの結婚生活のエッセイ集。サラリーマンの主婦として、共感できる部分がたくさんあった。江國さんの行動が、旦那さんの事が好きで、可愛らしいなと感じた。イラつく所は同じだけど、私には、こんな可愛い行動とれないよ(笑)そして、面白かった。「ごはん」には、笑った。
わかりもしない時間だけど、そうなるんだろうなぁ、なんて、想像して。 恋人との時間を、ちょっと、夫婦になったつもりで想像して。いまのじぶんに、ほっとして。寛容な夫と、夫婦になっていられたらいいな。 恋人にも読んでもらいたい、一冊です。
いくつもの週末の
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感想・レビュー:83件














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