親鸞 (下) (五木寛之「親鸞」)
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親鸞の感想・レビュー(290)
南無阿弥陀仏、念仏、浄土、帰命、往生、一念義、多念義、悪人往生と次々と出てくる浄土真宗に関する言葉は、初めて深くその意味を捉えることができ、これまで意味不明だったお経も身近に感じてきました。捕らえられて妻と妹のどちらを連れて帰るのか?と迫られる場面や火を放たれた塔から脱出する場面はハラハラドキドキの連続で、映像を観ているようでした。「山川草木悉有仏性」心に深く響いてくるいい言葉です。下巻の最後になって親鸞を名のり、越後に流罪なるところで(完)となりますが、この後の激動編でどう展開していくのか楽しみです。
比叡山を下りて法然房源空上人に弟子入りし、越後に流刑となるまでの話です。 色々悩みながらも師、法然の「念仏を唱えれば救われる」という教えを信じ、念仏をする道を歩く決断をする親鸞の姿が描かれています。 下巻も一気に読んでしまいました。
一つ一つのシーンが鮮明に描かれていて、まるで映画を見ているようだった。法然上人から選択集の書写を許され、恵信を両手で抱え上げて、喜びを分かち合うところ、思わず何度も読み返してしまった。読み終えた後、何とも清々しい気分になった。この本との出会いに感謝したい。
続きが気になり、上巻に続いて下巻も一気に読破。子供から大人まで楽しめる内容。念仏の偉大さを説く表現が少しくどいと感じた。また史実と異なる創作部分も多いが、それでも親鸞の思想=真宗の本質を突いた内容であると言えるだろう。他の親鸞本も読んで比較してみたい。
下巻は法然門下としての日々。名前を「親鸞」と変えて流罪になるところで終わっちゃうのか。そこから先が一番知りたかったのでちょっと拍子抜け。でも師である法然の大きさがとても印象的で、「親鸞」が生まれるまでを描いた作品と考えればここで終わるのも納得がいく。
なかなか面白かった。是非続編を書いてほしい。
親鸞になるまでに随分と名前を変えたのですね~ 名前を変える度に新たに生まれ変わる、う~ん そんな事が出来たら、 僕も改名したいです、生まれ変わりたい・・・ 上巻の時よりさらに創作の感じが強くなったようで、人為的な感じが大きくなりました。 その辺が少し気になり、小説の中に今ひとつ入り込めない自分がいて、 上巻を読んだ時ほど読後感が良くありませんでした。少し残念。 とは言え、越後へ流された後のお話も読んで見たいものです、 残念ながら新聞は取ってないから、早く本にならないかな~
☆☆丁寧に平易に書こうとしているトコが悪いとは思わないものの、結構冗長で、挙句,ここで終わっちゃうのはどーなの?この後は親鸞激動編(未了)を読めって事になるんだろうが、、、う~ん、先達の作を読む方がオススメかも
両親を早く失い 叔父に兄弟三人引き取られ、寺へ、また 比叡山へ、法然へ、そして、親鸞へと成長。 親鸞になってからの 成長も 読んでみたい。
「帝も、貴族も、役人も、商人も、武者も、車借や馬借も、河原の小石、つぶてのような人びとも、すべて仏の前には平等であり、悪を抱く凡夫である」安楽房遵西が六条河原で斬首された後に、怒涛のように渦巻く念仏の様子を表現した場面は、つい最近、エジプトやアルジェリアで起きた革命を彷彿とさせるものであった。現代の日本人が持てる希望や光は何だろうか。大過なく安楽に暮すことだろうか。
新聞連載なのもあってか毎回見せ場があり、一定の緊張感と密度を最後まで持続させてエンターテイメントとしても上質な作品です。親鸞が親鸞になる以前までを描いた作品で、人間誰もがもつ闇を見据え悩みながら仏法を模索する感じがありますね。これを読んだら親鸞本人や他の親鸞本が絶対に読みたくなります。五木寛之作品の中でも大傑作の部類でしょう
人間親鸞が苦しみ、悩み抜いて自分の道を見つけていく過程がわかりやすく描かれていた。が、時代背景を解っている前提で描かれている感がある。
「わたくしたち人間はみな無明の闇に生きている」「声にださねば人にはとどかぬ」「真実は、決して安全なものではない」「易行というのは、難行以上にむずかしい」「重い闇をかかえて、それでもなお歓びにあふれて生きる」「選択(せんちゃく)ということは、きちんと区別をするということ」「殺生の罪は、人間ひとりひとりがみなひとしく背負っている罪」「末法の世であるとともに、かつてない乱世のいまの世」箴言にあふれた内容に付箋貼りまくりつつ読了。「親鸞」とはいっても忠範が親鸞になるまでのお話で、やはり続編に期待したくなりますね。
新聞に連載されていただけあって、幅広い年齢層でも容易に読める文章だ。登場人物も生き生きと描かれていて楽しめる。あまりにも偉大な歴史上の人物も一人の人間であり、己の欲に悩み苦しんだ事が伝わってくる。登場人物の一人、法螺房が語ったこの言葉が印象深い。「人はみな平等である。身分や職業の高下などない。この世に生きることは苦しい。心と体が痛む者を助けなければならぬ。よりよく生きる道をさがそう。そしてよろこびを持って生きよう」宗教をこえて「ありのままに生きよ」と背中を押してもらった。2010/03読了
親鸞誕生までのお話。仏教が時代の要請にどのように応えていったか理解しやすい。 エンタテイメント要素が強いのでサクサク読める。それと引き換えに台詞を中心とした時代考証は切り捨てられているが。
仏教の世界を少しだけ触れる事が出来た様に感じました。吉水にて法然上人のお話しを聞いたみたい。 別の角度から描かれている親鸞もよんでみたくなった。
危うさがあるからこそ真実。それだけ信じられる親鸞たちお坊さんは凄い。法然の人柄もいいし、遵西らや河原坊法螺坊、犬丸たちもたくましくて頼りがいがあった!!
上巻は長い説明。下巻から本番。勉強したことの確認になった部分もあった。サヨが親鸞をとっちめるシーンが好き。サヨは森三中大島に置き換えて読んだ。
仏教の本なので、難しいだろう、退屈だろうと思いながら読み始めたら、とても読みやすく面白く読めました。が、読み終わった後は意外なほど心に残るものはなく、なぜなのかと思っています。
重い小説が好きな私には、上巻で感じた「うまい、面白い。でも物足りない。」は変わらず。だからこそ深いテーマでも重くなりすぎずに広く多くの人に読まれる作品だと思う。奥深い仏教の世界が分かり易く描かれていて舌を巻きます。誰にでもおすすめです☆
すべての登場人物がとても魅力的で仏教本としてではなく、物語として興味深く読めた。でもこの内容を毎日新聞で少しづつ読むのはちょっときついかも。
この時代の仏教についてはあまり知識がなくて、いろいろと勉強になります。キリスト教やイスラム教に比べて穏やかなイメージがあったのですが、仏教も思いのほか内紛があったりしてずいぶん印象が変わりました。それにしても、続きがあると知っていて読んだからいいけど、そうでなかったら悶絶しますね、続きが気になって(笑)
流人となり越後へ行く事になる親鸞。妻帯していたり俗世間の人々と交わり、その中で様々に悩み苦悩する。高尚な僧というイメージがあったが同じ人間だったんだと思う反面周りから頑固と言われるほど仏の道を歩む生き方はやっぱり高尚な僧であるからなのか・・親鸞となってからの話も読んでみたい。
吉川英治とはまったく違うアプローチではあるが、親鸞の説きたかったものがよく著されていると感じた。 先駆者たちも、激しい苦行を積んだ後に易行にたどり着く。何もしないままでものを欲するのはただの傲慢というものだろう。反省せねば。
妻帯し、普通の人としての生き方のもとで、煩悩と戦う綽空、南無阿弥陀仏でどんな悪人でも救われるのか?法然の信頼を得ながらも、自問自答し、その志を発展させようと苦しむ綽空、そこから一歩踏み出し、善信の名をもらう.
30年位前に吉川英治さんの「親鸞」を読み、自分の煩悩も修行をすればなくなるのかと思いました。そして今、五木さんの「親鸞」を読み終え、まったく30年前の煩悩を引きずったままなんだと思い唖然としました。もっと修行せねば。やさしく話せば話すほど真実からずれていく。その通りです。
法然の信頼を得て、善信とさらに名前を改める。念仏が世に広まるにつれて、南都北嶺の古寺からの反撃が始まる。四名が死罪、法然以下の門弟が流罪となる。善信も越後へ流罪となる。ふたたび、名を変え、親鸞と名乗る。河原の民が折りにふれ、助けてくれる。対立軸がある。十悪五逆の代表として、黒面法師、悪のかぎりを尽くし、善人なおもて往生を遂ぐ、況んや悪人をや、親鸞のテーゼの補強ですね。親鸞が親鸞と名乗るまでのことで、親鸞一代記の前史ですねぇ、上下巻を尽くしていますが、ここから先のことは執筆されのやら、ここまでで終えるのやら
小説としてはそれほど面白くは無かった。ただ親鸞ってこういう考え方だったんだ、って分かっただけでも良かった。
キャラ小説なりに筆者の「他力」観やら何やら入っているのだろうなぁと思えど。親鸞になってからの思想的にもまだまだこれから・・・だろうのでタイトルに偽りありなのでは。ま、一応ハードカバーだけど手になじむ素材でゴロ寝読みに適。
親鸞の
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