親鸞 (上)
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親鸞の感想・レビュー(326)
以前から気になっていた「親鸞」。想像していた堅さはなく、少年・忠範〜青年僧・範宴の心理描写や他の登場人物のキャラクターなど、面白くてついつい夜更かし。。この後、どうやって【浄土真宗の親鸞】になるのか、下巻が楽しみ。どの辺りまで史実なのか分からないので、機会があれば別の本も読んでみたい。
五木寛之は私の中では「大河の一滴」のかったるいイメージが強く、「親鸞」を読み始めるのに躊躇していたのですが、若き日の親鸞の苦悩が見事に描かれており、難しそうな仏教用語はあまり気にもならずに読み進めることができました。後白河法皇、平清盛の時代、そして平安末期から鎌倉にかけての時代背景がこの話を読むことで何となく分かりかけてきて、浄土宗の法然から浄土真宗の親鸞へと続く流れも自分の中でやっと理解できるようになりました。「仏とは何なのか?」とても難しいですが、このあとの下巻の展開が楽しみになってきました。
親鸞と戒名する前の若い日の話で仏様のような人格者なんかではなく、普通に悩んだり怒ったり、恋をしたりする人間的な親鸞が描かれています。 親鸞について詳しいことは知らないまま小説を読みましたが、一気に読んでしまいました。 どこまで史実かわかりませんが、著者の五木寛之氏の緻密な時代考証もすごいと思いました。
幼いころの親鸞のエピソードが書かれてある本でした。 名前だけしか知らなかったので、出家した理由やそのころの時代などが 分かって、成長していってるんだなと感じました
若き日の親鸞が様々な人々の影響を受け、煩悩に悩み苦しみもがきながら成長していく様子が、目に浮かぶほど鮮やかに描かれている。六角堂に近々行ってみよう。下巻も楽しみ。
最近、旧交を温めるという感じで学生時代の知人とたまに集まるようになって、そのうちの一人がおうちが真宗のお寺さんってこともあり、まるで親鸞のことを知らないのはマズイよな、と手に取った。小説という形式だとこういう場合入りやすくてありがたいとしみじみ思う。
え、美少年とのBL!?後白河法皇主催の紅白歌合戦!?あらら、範宴さん意外と肉欲に惑わされやすいわね!?…などなど、高尚なお坊さんのむつかしいお話かと思いきや、思いっきり人間らしい青年の苦悩のお話でした。専門用語も丁寧に説明してくれるし、とても読みやすいです。これからこの青年が、どう“親鸞”になっていくのか楽しみ(*^^*)
読み始めたらどんどん引き込まれてあっという間に読み終えてしまった。親鸞の幼年期〜青年期がドラマチックに描かれている。時代描写や人間描写が生々しい。文字を読んでいるだけで匂いが伝わってくるような嗅覚表現が秀逸。若き親鸞の葛藤が痛いほど伝わってくる。「そもそも、仏とは何なのか?」「自分には仏性がないのだろうか」
以前に読んだ「出家とその弟子」がずっと頭の片隅に残っていて、いつかは親鸞の事がもっと詳しく書かれた本が読みたい、そう思っていました。 非常識なぐらい荒み切った源平合戦やら鎌倉幕府やらの時代の中で、 青春期を過ごした人だったからこそ、 「善人なほもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」 有名な言葉が出てくるのでしょうね。きっと今のように豊かな生活をしていては、思い浮かぶ事のない発想だったのでしょう。
9歳で仏門に入り20年もの間厳しい修行をするが煩悩に悩まされ続ける話を読むと創作だとしてもきっとそうに違いないと思ってしまう。そんな青年僧の唯一の救いは、人とのつながりだったのかもしれない。
地方新聞にのっているので気になって読んでみました。親鸞というとちょっと難しい宗教の話かな?と思っていましたが、わかりやすくかかれていましたね。
末法の世の中で自身の立身出世にばかり現を抜かす高僧たち。作者は、党利党略に明け暮れる政治家たちを彼らに投影させているのだろうか。しかし、800年前には、これほどまでに深く悩み、自分を苦しめることができた人間が存在し、それが時代の救世主となったわけだ。今の世に救世主を期待することはできそうにない。私たち自身が一人一人、世の中に疑問を抱き、よりよい方向への前進を考え、実行しなければならないのではないか。
大多数の人は、他力や大河の一滴のような人生訓、エッセイからこの本を読むのでしょうが、ぼくにはこの本は五木寛之のルーツの一つ、伝奇小説家としての側面も色濃く刻まれていると感じました。文章力も展開も実に堂々としていて読みやすく、底辺への暖かい眼差しと裏腹のアナーキーさが漂い、仏教啓蒙家の五木寛之と尖った伝奇作家五木寛之が合流しています。五木さんの一つの到達点と言えるのではないでしょうか
何十年ぶりかの五木寛之。ひじょうに平易でわかりやすい語り口で、仏教のお話でも今のところ抹香臭くならずにすんなり入り込めています。煩悩に塗れる範宴が生身の人間として親しみ易く生き生きと描かれていると思います。末法のこの時代に地震、原発事故、テロリズムなどと共存するには何か宗教的な拠り所が必要になってくる気持ちもわかるような気がしなくもないような...。難しい教義は偉いお坊さんにお任せするとして、凡夫の私も救われるであろうか、と縋るような気持ちで下巻を読むことにしよう。
うまい、面白い。でも物足りない。太宰の後期作品や遠藤周作の沈黙みたいな、命がけで作品に挑んでる感じが伝わらない。。下巻を読むとまた変わるかもしれないが‥
序盤の犬丸奪還編ですぐ惹き込まれた。難しい言葉づかいや考え方(仏教の教え)がたくさんでてくるのに、内容がすっと入ってきて読みやすい不思議。謎。
話題になっていたので読みたいと思っていたが「五木寛之」の名に躊躇していた。図書館に上下巻揃っていたのでやっと読めた。とても読みやすかった。悩みながら修行をし、また悩みぬいて山をおりた。下巻が楽しみ。
吉川英治とはまったく違うアプローチではあるが、親鸞の説きたかったものがよく著されていると感じた。 先駆者たちも、激しい苦行を積んだ後に易行にたどり着く。何もしないままでものを欲するのはただの傲慢というものだろう。反省せねば。
名前が変わるたびに、人生の幕が変わっているんですよ。幼いときは日野忠範、父母を失って、叔父の家で育てられている。幼いころから河原の民と知り合う。河原坊浄寛、ツブテ打ちの弥七、法螺房弁才、犬丸。比叡山に預けられて、出家名が範宴、いずれは天台座主に昇る慈円阿闍梨に目をかけられ、音覚法印のもとで修行にはげむ。なんぼ修行にはげんでも、仏果は得られない。悶々としている。慈円の命で、吉水の法然の説法を聞きにいく。十年後、比叡山を捨てて法然の門をたたく。百日の聴聞のうえ、入門を許され、綽空と名前を改める。
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