世界は分けてもわからない (講談社現代新書)
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世界は分けてもわからないの感想・レビュー(521)
あとがきで福岡さんがおっしゃっている、「分けてもわからないと知りつつ、今日もなお世界を分けようとしている。それは世界を認識することの契機がその往還にしかないからである。」というのにかなり同感です。私が研究に携わっているからかもしれません。あと、細胞が自ら作ったタンパク質をエネルギーを使って、惜し気もなく解体するお話は、現代社会にとって今すぐ必要な機能かもしれないと思いました。なんだか家の中を断捨離したくなってきました。
この本はただ生物学者が書いただけでなく学者の精神状態や捏造問題に絡むトラブル等表の部分だけでなく裏のそれこそ内面的な話まで取り上げられているから面白い。
ナイス! ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ -
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- 01/04
タイトルのことを生物学の様々なエピソードで語っていく。この本の小説のような語り口は私はちょっと苦手かもしれない。そういうのはいいから本題を早く!と思ってしまうw ただ『生物と無生物のあいだ』も本書も生物学の世界とは無縁な人に語って聞かせるという意味では良い試みだと思う。ATPの件は、もっと図が欲しかった。生命、情報、エネルギーとは何ぞや?ということを今後も追究していきたい。
前から読みたいと思っていた一冊。複雑な分子生物学の部分は半ば流し読みだったが、それでも十分楽しめた。現代の学問は細分化、専門化が進んでいることが指摘されるが、本当に研究をするうえで正しいスケールとはどこにあるのだろうかと考えてしまう。まさに、「世界は分けないことにはわからない。しかし、世界は分けてもわからないのである。」
前作「生物と無生物のあいだ」と似たテーマなので、内容が少しはカブっているのかなと思いましたが、そんなことは全然なくて、違う視点で二冊も書けるのは凄いと思いました。素敵な文章表現は相変わらず健在。
ある種の全体論として考えれば、内容それ自体は特別なことは書かれてはいない。分子生物学者としての著者の経験や知識、視座に基づいた思考、何より比喩やアナロジーを多用した読みやすい文章が、本書の魅力だろう。一方で、動的平衡という言葉が多用されるが、動的なもの全般についてこの語が用いられており、通常の意味での動的平衡システムの理論構成からは外れている、むしろゆらぎなど自己組織化に近い。そのため、動的平衡という概念については、システム論的文脈というよりは、著者の独自の用語として著者の文脈で捉えた方が的確だと思う。
「生物と〜」は自然側の話、今回は観察者側の話。偏見は危うく、勉強により得た多角的視点からの仮説は美しいが、必要な実証は非常に困難で、その美しさゆえに人は科学に惹かれ、時に間違いを犯すのだなと思いました。
江戸東京博物館で始まった「ヴェネッイア展」に日本初公開のカルパッチョ作品<二人の貴婦人(コルティジャーネ)>が展示されている。本書の第2章で須賀敦子さんの文章とともに<コルティジャーネ>の絵の来歴が謎解きのように紹介されており、この章を読むだけでも福岡氏の文章力に魅せられてしまう。後の章のATPの話は、途中で飽いてくるのだけれどね。
今まで、生命を機械論的な視点からしか見ていなかった。多くの人がいまだにそうだと思う。生命とは何か、生きるとは?食べるとは・・・?動的平衡の考え方はもっと多くの人が知るべきだと思う。高校の教科書に載せてほしい。
この人の著書はこれで三冊目だが、著者が文系的なセンスを多分に持ち合わせた稀有な理科系の人だということに改めて気づかされた。実際、著者の文章にはある種の繊細さが随所に伺える。それはともかくとして、基本的に理数系が苦手な僕にとってとっつきにくい箇所も少なくなかったが、概ね楽しめる内容であった。特に興味を惹かれたのはマップラバーとマップヘイターについての記述。基本的に前者である僕にとって、後者を肯定的に見るという著者の立場は、幾分反発を感じつつも、「そういう見方もありなんだ」という気にさせられた。
人のせいにするのは恥ずかしいけれど、中学で最低な理科教師に出会ったお陰で完全なる理科嫌いになってしまった。こんな素敵な理科の先生に出会っていれば人生すら変わるのではないかしら。美しい福岡先生の文章からは生命の尊さがあぶり出しのように見えてくる。夢や希望は、リアルなものの中にこそあるーーと思わせられる。
第6章「細胞のなかの墓場」に感銘。脳死を人の死と定義するなら、対称性と整合性から人の生は誕生ではなく、脳が活動を始める「脳始」となる。つまり脳始以前の胎児は人ではないことになる。生と死の境目は臓器移植のために線引きされたものにすぎず、同じ理屈で再生医療の名のもとに受精後の人の胚が”もの”として利用されることになると、福岡先生は警告している。生と死の境界は「分けてもわからない」、ではなく「分けてはならない」のではないだろうか。
「仕分け」「ラベリング」「細分」といった、理・人文科学的思考の根幹に対して『敢えて』挑戦した本。“暗さの中に名もなき構造物がたゆたっている(62p)”など福岡先生独特の詩的な文章に「これは科学本か?」と妙な気分になってくるが、決してヨタ話ではないし、玉砕もしていないのがすごい。最後のスペクター事件関係の話は、ちょっとしたサスペンス小説なみにドキドキさせられた
解りやすく且つ楽しく書かれている ずっと好きでいることの大切さ 新しい発見は世界を揺るがす 人間の身体 宇宙も元素でにてると感じた
世界は単純な構成要素に分解でき、要素自体と要素間の関係性を明らかにすれば、その積み重ねで世界を理解できる。科学を権威づけするのは、こうした還元主義の考え方だが、筆者はこれに疑義を挟み、世界は単純な因果関係のカスケードでは捉えられないんじゃないかと云う。確かに生命現象とは、直線的な化学反応系というよりは、雑多な成分の混合体の中に自然に生じ流動し続ける秩序のように思える。だが、筆者もまた、自らの取り組む研究主題には、従来の分子生物学的、つまりは還元主義的手法しか持ち合わせない。その告白は悲哀に満ちている。
ベストセラー『生物と〜』の福岡先生。後半部の燐酸化をめぐる話からは厄介でした。内容は面白いからこそ、解説がスッキリしていたら良かったのにね。
第7章までは平凡な科学エッセイで退屈していた。第8章から世紀の大発見の物語がはじまりワクワクして読み進んだ。後半があって前半が生きてくるけど、もともと全体を考えた構成ではないように思う。明確な洞察力があれば完全な証明はなくても許されるのかもしれない。Frank-Starlingの法則も大いなる考察でなりたっていたという話を聞いたことがある。全体としては面白かった。
生命において個々の部分のはたらきをそれ単独のはたらきをとってみてもその意義はわからない。他の部分のはたらきとの関係の中で捉えて初めて意義がわかることが多いということがわかった。また生物学はエキサイティングな学問であることと生命の神秘さを感じる一冊であった。
リケイにあるアグレッシブな感情を肌で感じ取れる一冊。ぼくは傾倒した文系頭なんでリケイに面白さを体感したことは一度もなかったのだけど、疑似体験できたのはとてもよかった。まあ、同時に、リケイにある果かなさも併記してくれたのはありがたかった。ぼくは人間が動的平衡に惹かれているのであってリケイのもの(この本にあった多数のエピソード)に惹かれたわけではなかった。おもしろさとさびしさをキレーに同時に味わったのでした。
かなり気に入りました。生物と無生物は読んでいませんが。「世界はわけても」というテーマで雑多なことを語るわけですが、まあイロイロな視点があること。イロイロな語り口があること。内容も難しいっぽい訳ですが、一般人も理解できるという気持ちのよい本。科学って物語だな~。好きだな~。
いろいろな視点から細胞などの話をしている。絵画などの観点から、また細胞を島に見立てた話などは面白かったけれど、それぞれの章の関連性がよくわからなかった。 文章はとても読みやすかった。 「生物と無生物のあいだ」の続編らしい。そちらはまだ読んでいないのでぜひ読みたい。
③ 著者は小説が好きなんだろう。けど散文的な面白みは感じられなかったかな、個人的には説明を簡潔にして図を増やして欲しかった。内容はタイトル通り。それに「分けないとわからない」ということが加わるくらい。写真や芸術や(分子)生物学等の学問的な例によってタイトルを多面的に繰り返し説明してくれる。面白いけどどこかで聞いた話が多かった。とにかくまどろっこしい。「ES細胞」「マップラバー/マップヘイト」の話は好感触。
前作にも増して小説的構成。ラストのどんでん返しにふつうに驚いた。物質を切り分けて切り分けて本質を探る試みに心惹かれた。
「生物と無生物のあいだ」で有名な作者の別著。大学の講義風に始まる掴みなど、取っ付きやすさもあり。内容も専門的な事はほぼないので、純粋に読物として楽しめます。話の視点が二転三転するのがたまに傷?
実験結果の捏造.それは成果を出して論文を書かなければならないというプレッシャーを回避するために行われることがある.そして,一度それに手を出してしまうと,抜け出すことは困難である.
世界は分けてもわからないの
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感想・レビュー:173件













































