社会的な身体~振る舞い・運動・お笑い・ゲーム (講談社現代新書)
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社会的な身体~振る舞い・運動・お笑い・ゲームの感想・レビュー(132)
チキさんの本はすっきりしているのに独特の読みにくさがある。よんでいて斬新な視点はなかったが、きれいに整理はされてるなーという読後感。
社会的に構築された個人の身体に対するイメージを「社会的身体」と表現し,そのキーワードを軸として,マスメディア,お笑い,社会運動について述べられている. 新しい視点を導入するという意味では物足りなかったが,全体的に読みやすく価値ある読書だった.
良いか悪いかは別として,新しいメディアが発生すれば今までとは異なる社会が生まれる.そして,現在はそれによって消費が非常に早い社会へと変化した.そんな時代であるからこそ,一時的に人気になることはできても,それを維持するためには並々ならぬ努力が必要になる.
一冊の新書というよりは、一般向けのメディア論の論文集といった印象。内容は平易で読みやすく、また既存の概念・分析の有効性を随所で確認するなど、著者の学問的バランス感覚を感じさせる。ただその分議論にややクリアカット感が足りない。1章「有害メディア論」や4章「ポスト社会運動論」などは興味深く面白いが、その分析に「社会的身体論」があまりクリアに効いていない部分は残念。しかしネット社会論入門編としては非常に面白い。著者の荻上チキの本はこれから何冊かチェックしておこう。
著者の研究の中間報告書といった感じで、気軽に書かれている。最後に出てくる社会運動の区分は参考になった。あと、批判は相手の名前を出して行うべきではないかと素人意見だが思った。
メディア論が専門の評論家が書いた「メディアとは何か」についての本。すごく面白かった。お笑いやゲームなど卑近な例を挙げて、メディアと人間の関係がわかりやすく解説されていて読みやすく、興味深かった。ただ「メディアが思想を作る」の辺りとナンシー関の辺りは知らないことが多くてよくわからなかった。
ネット批判などに代表される、オールドメディア側からのニューメディア批判や、近年のコミュニケーション指向的なお笑いシーンや社会運動のあり方について「社会的身体」化されたメディアという視点から語る。個人的にはそこまで真新しい論点とは感じなかったが、メディア環境は絶えず更新されており、現在の環境は必ずしもずっと自明ではないという基本的な認識を身につけるためには有用な書籍であるように感じた。
全体としてはちょっと散漫で、微妙な印象を受ける。でもこの先(大学生のメディア論のレポートとかで)引用されていくことが多いんじゃないかなあ。 iPhoneを買った人があれこれいじってみたり人前でアプリを使ってみたりするのを、「服を買った日に鏡の前で一人ファッションショーをするのと同様、自らの新しい身体を確認する作業である」って一文には納得。
3章のお笑いに関する章が唐突で、これだけで本を出せば面白いのではないかと思った。著者の「身体」の捉え方が最後まで曖昧で、読み下せず、けむにまかれている気がした。ただしふんだんに紹介されている事例は面白く、著者の幅広い知識が窺えた。身体論を語る本としては消化不良といった感じで物足りず。
今一番手頃で秀逸なメディア論入門。身体性とメディアの関わりというテーマに、マスコミとネットの関係や有害メディア論のパターンなど、読者の関心によくそった内容が手際よくまとまっている。マスゴミ批判がマスコミを強化する、マスコミに依存するネットメディア形式は特に基礎としておさえておきたいところか。また、振る舞いのデータベースをお笑い史をたどることで見出だしたりと、東浩紀、ゼロ年代思想的な文脈の隙間を有効に埋めていてサブカル論としても有益
メディアと身体の関係について。ケータイを忘れてしまった時の不安は、単なる寂しさではなくて、拡張された身体機能が制限されることに対する痛みでもあるという説明になるほどと思った。
ゲーム、自分は物語を楽しむためにプレイしていたけれど、(意外と物語を楽しんでいたのはゲームだけかも)物語でなく、操作的快楽、攻略する快楽でプレイしている人がいて、それがニコ動や2ちゃんの楽しみ方に通じてるというのは面白かったが、こういうことは他の本でもっとうまく書いていそうな気がする。この人お笑い好きなんだなーって感じ。
想像していたのよりはるかにオーソドックスな議論でやや拍子抜けした。ニューメディアとそれに対する批判が周期的に現れるという議論とか。もっとも、歴史論としてはやや下手な割に突っ込みが足りず目新しさはないというのが正直な印象。一方、「祭り」「炎上」に関する分析は私がその方面に詳しくなかったこともあって新たに知ったことも多かった。
すっきりとまとまっているが、さして目新しい内容でもなく、独自の視点が光るでもなく、全体的にこじんまりとした印象。 お笑いの分析に関しては、「変容する身体性」という自身の論説に強引に結びつけているような気がする(実際その空間にいる芸人からは異論がありそう)。 ただ、行為を共有し合う社会運動についての指摘はおもしろい。
有害メディア論の歴史や物語性・ゲーム性の関係などいろいろと勉強になった。「コミュニケーションへの渇望」は以前から感じていたことだったため、本書を読んで多少すっきりした。
お手盛りすぎて論理破綻してます。文字メディア否定の例にソクラテスを持ってきたり、テレビ芸人をむりやり世代分けしてみたり。カル・スタ通過以降、我田引水な評論文風エッセイが、もて囃されるんでしょうか?人文系で論客呼ばわりされる人にこういう本、なんだか多いような。同著者『ネットいじめ』や本書後半から察するに、事象を丹念にかき集め類型分類・集約し文章化する技能に、とても長けたかたかと感じます。ですから編集者がこの秀でたルポ芸の著述を頼めば、まだまだいい本を出せるんじゃないかなぁ。
体というものは非常に社会的なものである。様々な振る舞いは、それによって人の心や行動に大きな影響を与える。その影響についてしっかりと理解していれば、自分をどう動かせばよいのかもわかるようになる。
きのこを食って巨大マリオになる時に成長痛が起こるってのはわかったが、もう一歩突っ込んで欲しかった。例えば成長痛の質によって後の成長がわかる的な深みっていうか・・・このページ数じゃ無理なんだろうけど
社会的身体(「社会的に構築された、個人の身体に対するイメージ」)という概念による現代分析(メディア、お笑い、ITツール、ゲームetc)は理解があやしいところが多々あるが(もっとやさしく書いてよ)、それでも冴えているように思え(ニコニコ動画やお笑い番組の画面構造の意味、あと『WALL・E』分析etc)面白かった。
自分の持つイメージに自分で勝手に与えていた概念(名詞的に)を、上手く塗り替えてくれたような気がする。ただ、文脈の共有があまり行われてない気がしないでもない。
参照意義あり。メディア批判なるものは昔から変わっておらず、明治期のそれを今を生きる私から見ればもはやお笑い。ということは、重要なことは変化を分析し、それを例えばテレビ番組であればどのように活用していくかということ。示唆的であり、読みやすく、中身の濃さもちょうどよい良著。宇野常寛のオカルトっぷりに比べりゃ天と地の差。
生まれてはじめて自分より年下の著者の本を読む。表現がすこしムズカシイと感じた部分もあったが、面白かった。テレビのお笑いを論じた章が圧巻。
新しいメディアを獲得することは、新しく身体能力を外部化し、拡張することであり(社会的身体の組み換え)、それは、ゲーム的な快楽によって駆動される。新メディア登場時の認知的不協和を解消する機能としての有害メディア論やポスト社会運動としてのウェブ上の祭りなど、大いになるほど感あり。
「ニコニコ動画」やお笑い番組が示唆するのは、私たちは常に「他者の反応」をうかがい続けるということだ。p158より ◇メディアを身体論としてとらえていて面白い。特にニューメディアに対するオールドメディアの批判分析が良かった。ただ「私たち」を主語にして自説を語り、読者の賛同を得ようとする手法は嫌いだ。
ネットやテレビでの現象の説明は普通にわかりやすい。そこから構造をモデル化して、論点を見つけることができていない。そのため良くできたレポートや読書感想文のようなイメージを受ける。
直接明記されてはいないが、東浩紀や宮台真司らの論によって規定されている感のある情報社会論の批判というか、その更新を目指している良書。テーマはいわば社会的身体のバージョンアップだが、社会認識のバージョンアップを目論んでいるようだ。著者のこれからの仕事が楽しみ。
社会的な身体~振る舞い・運動・お笑い・ゲームの
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