山ん中の獅見朋成雄 (講談社文庫)
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山ん中の獅見朋成雄の感想・レビュー(259)
これはどう捉えればいいのか。著者から「どうよ?」と反応を窺われているような、読者に内容を委ねられているような印象。舞城特有の我が道を行く節が全開。他と比べても、この作品はとりわけ意味不明。何が現実で妄想なのか、多くの隠喩がどのような意味を持つのか、探ろうにも次々と文章が移り変わっていくので手に負えない。要するに分からない。ドライブ感も楽しめず空回りしてしまった。理解できる範囲では獅見朋成雄が「成雄」になる展開や、人名や擬音の捉え方が楽しい。まるで文字一つ一つが生きているよう。そして何より静かだった
成雄の我が道をゆくさまが素敵です。女体盛りの盆は食欲をそそるというか美しいというか、人肉なんで困るが常識に囚われなければきっと美味なのだろうと思わせられる。墨を磨る音もいいが、剃刀シーンがなんとも味わい深い。本能の赴くままに生きたらどうなることやら。
こっちの成雄くんも相変わらずマイペース!だがそれがいい!作中に、「しつこく懲りない僕だったが、これが僕なので仕方がないのだった。」っていう成雄くんのセリフ、いやはや成雄くんらしい!!そうよ!存分にゆけ!成雄!!!らぶ!!あとモヒ寛!彼一つをとってみても、う~ん愛って人を動かすなあ!!^^^
★★★☆☆よくわからないものというのは評価が難しい。よくわからないまま分かってるふりして褒める事は簡単なんだけどなぁ。メタファーなんだと思ったけどどこからどこまでがメタファーなのかわからないです。と思ったけど他の感想読む限り深読みし過ぎた?なんだかわからないけど面白かった。
馬、或いは犯人を探す前半と、謎の村(館)での後半。どっちも面白いけど中途半端だ。前半だけの話か、前半を少なめにした後半メインの話だったら良かったな。
ナルちゃんが達観し過ぎなのが唯一のファンタジー(飛躍)だとして、あとの疾走感が気持ちいい!!景色も人も駆け抜けまくっているのはSebastianX「光のたてがみ」と併せて『鬣』ジャンル特有のグルーブすわ。隠れ里にもお金の香りがプンプンするのに、貨幣描写がなくて労働が描かれているのにも清潔なファシズムの良いところな感じがした。モヒカンの書の俗っぽさも物語の高度を地上に近づけるスパイスとして効いていたし、全部忘れてもっかいよみたいわ。
お馴染みの舞城節だけど、ちょっと尻切れトンボな感じ?あと100ページくらい読みたかった。疾走感と急展開の数々、静と動の対比がプログレメタルっぽかった。舞城の文章は何かと音楽を感じる。
千と千尋の神隠しの要素が入ってるので映画へのアンサー的なものなのかなぁと思った。「千と千尋」の男バージョンっていうか。展開はよく分からんけど芯は通っている。
舞城のすごいところは「背中に鬣」「裸の女の背に膳」というのがなんのメタファーでもなく、そのままの意味でそこに存在すること。探りようもない真っ裸の文章。また、そこにあるグロテスクさはなんの耽美趣味も含まない。すごい。あらすじなんかどう書いたらいいか分からなくてあきらかにヤケクソだし。獣の樹の元になってるんだろうか。
背中に馬の鬣のような毛が生えている少年獅見朋成雄。その鬣は決して見せかけではなく馬のような駿足な脚力を持ち、オリンピック代表選手の強化合宿生として推薦されるまでになる。しかしその鬣がコンプレックスとなり、人目を避けるように父親の知り合いである奇人書道家、杉美圃モヒ寛の住む西暁の山に籠もり書道を習い始める。そこで繰り広げられる摩訶不思議な所業の数々! 擬音語が書きなぐられその文章たるスピード感は獅見朋成雄の脚力のようにまさに駿足して駆けめぐる! リアリティなおとぎ話の悦の堪能を
摂理と倫理と道理と、何が善くて何が悪いのか。守るのが人間で破れば人間じゃないのか。そもそも何をもって「守っている」と言えるのか。鬣は人間と動物の境目の象徴なんじゃないかなぁ。
いろいろ消化不良だ(食人の問題がラスト近くにあるモヒ寛と西川の問答で解決されたとは思えないし、成雄のアイデンティティ問題の解決も割りと取って付けた感がある)が、なんだかすごい。
いつもながら リズミカル カニバリズムは 人間の奥底に 誰ももっているものなのかもしれないーただ自分がしらないだけでーナルちゃんにはたまたまタテガミがあり それにふりまわされていたが 基本的に 本質は 何も 変わらないと思う 私にもしほくろがあって それをとったとしても 私だしー ようはアバウトでいんじゃないかな人生なんて
鬣と自分自身。アイデンティティの拠り所は人それぞれ。その喪失感と狂気が紙一重であることが怖かった。モヒ寛が年甲斐もなくボロボロ泣いてるのに貰い泣き!!
なんというか、途中サスペンスちっくになり、「食」についての意識とかになっていくのかなあ…とか思ったが、ざざざーっと流れ去った感じ。 舞城作品は、いいのだけれども、続けざまに読むとスピード感に慣れてしまって、もうひとつっていう気もする。
読んでいるうちに、自分の腕の産毛がさかだっていくのが分った。私も成雄と同じく全神経をむき出しにして走っていく感覚がたまらなくゾクソクさせた。この疾走感たるやすばらしい。
うおおおおなんだこの作品は!読み終えた後も結局何の話だったのか正直わからなかった。ただただひたすら活字を読み舞城の世界を堪能した感じ。なんだこの感覚、本当に初めての体験。しゅりんこき、しゅわりぽちんなど擬音が最高すぎた
トンネル、風呂、ウサギときて、誰でもまず考えつくのは、『千と千尋の神隠し』と『不思議の国のアリス』なわけだけど、果たしてこれを直球のビルドゥングス・ロマンと読んでよいものか、いくばくかの疑問が残る。鬣を剃り落したことが儀礼としての成人を表わすなら、それがまた生えてくるのもおかしいし、そもそも親父も祖父さんもワッサワサのはずなんだよな。こういう読み方は嫌いなのだが、この人の作品はそれを強いてくるきらいがあるから困ってしまう。余談ながら、人肉食シーンがやたら美味そうなのにも困った。あと、擬音の才能。
成雄編はやはりこっちが本筋か、SPEEDBOYは薄めすぎだった。純文学と言えばそうも読めるが、濃いぃ舞城感が充満してればどうあれOK。「成雄の青春、ライドオン」内容に全く関係ないコピーが素敵すぎるw。
自分自身の存在についてを人間が人間であるために必要なもの、例えば道徳とか、そういった深いところから考えていく。そうなると人間って完全に明確な定義に沿って生きているわけではないということが分かる。だからそこからは自分で決めろと、そういう話なんだと思います。
文章はさくさくと読めるし、日本語はわかるんだけど、意味がわからない、なんだこれ?としばらく頭をひねっていたのだけれど、「あ、舞城は純文学だった」と思い出すと、あれやこれやの理屈がわかるような気がしてくる。不思議!
前読んだ阿修羅ガールはピンと来なかったから、もう読まんと思ってたけど、題名に惹かれてついつい衝動買い。背中に獣のような毛が生えている成雄は走るんが早い。ガンガン突っ走る。物語も突っ走る。負けずに成雄も走る。杉美圃モヒ寛という名前もさることながら(?)、ナチュラルにカニバリズムはグロではなく池波正太郎ばりの鍋食いシーンのようで魅力的な一冊だった。
あまり混乱してないほうの舞城王太郎。サクッと読めますが、これから読むと、舞城ワールドに入り込む気にはならないかもしれない。それにしても、少ない語彙で美味を表現することが上手だ…と関心。が、気づけばごく自然な流れで、カニバリズム。きゃあ!と思った。(語彙の乏しい感想ですみません。)
“活字中毒者”を標榜しつつ、その実態は極端に遅読な私は、スロースターター。ですが、そんな私でも序盤のチンタラしたペースがウソのように、中盤からは一気に読了。何とか「驚異のスピード感で描かれる舞城的神話世界」を実感。それにしても舞城王太郎ってヤツは・・・。
山ん中の獅見朋成雄の
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感想・レビュー:64件















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