懐中時計 (講談社文芸文庫)
懐中時計を追加
懐中時計の感想・レビュー(28)
02/12:sputnik@松下村塾
日常生活が淡々とつづられる短編集。色濃く漂う昭和テイストが懐かしい。 しかし地味です。サザエさんとカツオがいない「サザエさん」みたい。ならば退屈なのかといえばそうではなく、美しい文章、飄々とした味わいに、ついつい読みふけってしまいます。事件らしい事件は起こらず、と言いたいところですが、じつは作品中でけっこう人が死にます。もちろん殺人ではなくて病死や自然死や戦死(!)ですが、ほとんど感情を交えずにサラリと提示される「死」、かえって「諸行無常」を感じさせます。
01/28:とも
12/12:返本林寛菜
小沼丹は妻の突然の死を境に作風を変えたという。『村のエトランジェ』は「変化前」の作品のみ収め、本書『懐中時計』は「変化後」の作品中心に収めているようだ。なるほど、「変化前」に属する三篇が、男女関係のもつれを傍観者の視点から描いて、「村のエトランジェ」の延長線上にある一方で、「変化後」の八篇は、物語色を薄めて、私小説色を増している。前者では「砂丘」が、後者はほぼすべてが気に入った。特に「大寺さん」を主人公にした四篇が素晴らしい。喪失感と対峙したことのある全ての人に、よりそってあってくれるような小説だろう。
10/24:つるぎ
主人公を大寺さんにした『黒と白の猫』、『タロオ』、『蝉の抜け殻』、『揺り椅子』の他『エヂプトの涙壺』、『断崖』、『砂丘』、『影絵』、『自動車旅行』、『懐中時計』、『ギリシアの皿』の11篇の短篇を収録。「死」について書かれているものが多いが、悲観的に書かずさらっとした「おかしみ」に転化している。「肉の失せた白骨の上を乾いた風がさらさら吹過ぎるようなものを書きたい」と作者は言うが、大げさにストーリーを展開させる物語ではなく淡々としていて濁った水を放置して一番上に来る綺麗な上澄みのような、セピアカラーの作品群。
とても素晴らしい。人生の図々しさを前に途方に暮れつつも、その悲しみを吸収するように浮かび上がる言葉の数々。あまりの透明さに多くの死がすっと日常に入り込みながらも、何事も無く去っていく。
05/23:あ
04/11:なめとこ山
01/22:そえ
名人の技。流石というべきか……全てが心に沁み入るようで、だけど零れおちていくような。私はどうも所謂私小説という奴が好きになれない性質だが、何故かこの著者のそれはすんなりと受け容れられた。何故だろう。何はともあれ素晴らしいことに間違いは無い。
ああ、これはいいなあ。なんだか「良い小説」を読んだなあ、という心持ちになりました。特に物語性のないお話でも読んでいて楽しいです。文章の力というのはこういうものなのかもなあ。
『黒いハンカチ』も再読。『懐中時計』には多くの死者が登場し、「死」が追想される。鬼やんまも、犬のタロオも、友人も、妻も。まるで戦死者の大勢の前では、一つの死など……というようにさりげなく。しかし、日常という強く静かな流れの底には感情が潜んでいる。『黒いハンカチ』の主人公ニシ・アズマは「あたしのHも山で死ななかったら、あたしは毎日海より山を見ているんだけど……。」(p. 18)と独白するが、ミステリという形式とも相俟って、湿った涙は一粒もない。だがいずれも読むべきは、そこに明白には書かれていない何かなのだ。
なんでかわからないけどいい。短篇のなかでもとりわけ好きなものとそうでないものとに分けてみても、そこにどんな差があるのかわからない。誰か説明してくれないか。
02/20:棚守
01/23:三月★うさぎ
騒々しさから逃れたいときには小沼さんの静謐な世界を味わう。前半は大寺さんを主役としたのんびりした短篇。死は出てくるが、生きてるものはいずれ死にゆくといった達観した立場が見られる。後半は狂気を描いたり少しきりっとした話もある。表題作「懐中時計」は、気の置けない友人同士の素直でないやんちゃな会話ににやりとした。
09/16:sigh93
07/05:はとり
★★★★+ 地面にどっかりと腰をおろしている小説である。それは怠惰ということでなくて、地面に接する面積が多いという事、即ち生きている者の生活が誠実に描かれている。言うなれば四角錐なんだけれども、そこに何らかの死が通過していく。四角錐に落とされた雫のように、重力に逆らわず通過するのだ。どれも良いのだけれど「黒と白の猫」「蝉の脱殻」「砂丘」「影絵」「ギリシャの皿」がとりわけ好きです。
淡々とした文体の中にあるちょっとしたおかしみや悲しさなどが、あとからじんわり感じられる。「大寺さん」シリーズの他のものも読んでみたい。
05/07:岡部淳太郎
11/06:7kichi
01/01:poca(漫画以外)
懐中時計の
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感想・レビュー:14件














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