暗闇の中で子供 (講談社ノベルス)
暗闇の中で子供を読んだ人はこんな本も読んでいます
暗闇の中で子供を追加
暗闇の中で子供の感想・レビュー(517)
圧倒的救済かどうかは知らんけど、隙のない真実だと思っていたものを次々に覆してしまうのは「ディスコ探偵」に。愛とか恋への葛藤と前向きさは「好き好き大好き」。その後書かれたいくつかの物語の土台になっているような。印象的だったのは「いまどこにいる」と訊かれた三郎が「魍魎ヶ池」と答えたこと。物語の主人公であり物語に全身全霊をかけていた四郎の見ていたものはミドルオブノーウェアだったけど、三郎はやはりどこか入りきれてない。なんでもいいや。面白かったぜ。
あぁもうクッソ面白すぎる。1ページ先すら予想できない展開の速さ。もしこの本から舞城入ってたら即焼却炉行きだったかもしれないけどな。最後は色々解釈できると思うけどやっぱり舞城が文中に書いてた「本当に伝えたいことは、物語に嘘としてしか書けない」ってことなんじゃないかな。久しぶりに誰かと感想とか考察とか語り合いたいな、と思える作品に出会えた。
うーんやっぱり大好きだなぁこの話と主人公。自虐的で言い訳多くて卑屈でグズでやることなすこと中途半端なくせに開き直って居直ってる三郎くんだけど、根が本当に優しい。その中途半端になるばかりのためらいのなかに愛が書かれてるんじゃないかな。愛することはためらうことなんだなぁと思う。どうでもいいものをためらったりなんかしない。
【図】適当に推理小説を書く三郎は、前回の事件が別の模倣犯によって続いていることを知る。ユリオは恋人と宇宙にメッセージを発信しようとした。自傷他傷を続けるユリオを保護し、四郎に馬鹿にされつつ三郎は殺人事件を解決するために奔走。三郎と間違われ死にかけた四郎、死体をおもちゃに遊ぶ化物、父親を殺したユリオ、みんなの胃袋で生きる二郎、手足を無くして希望に生きる三郎。本当の物語には嘘が必要で、人が懸命な姿は誰かが見ているというのが物語が伝える正しい姿なら、三郎が愛のため一生懸命走りぬいた様はなんというか胸を打たれる。
再読。舞城作品の中で一番グロテスクで一番エンターテイメント性に富んでて、一番アホな話。やっぱり奈津川家は皆家族が大好きで、自分なりの愛の形を模索してるんだと思う。
『ある種の真実は、嘘でしか語れないのだ。』
『そんなの愛じゃないと否定してしまえれば世界はシンプルだけど、残念ながら物事というのは俺たちが願うほど単純な形はしていない。』
「別にバラバラんなっても家族は家族やろ?きっと皆、家ん中にいても解決できんことを外に解決しに行ったんや」
『煙か土か食い物』ではちゃんとミステリしてたのに、今作では完全に投げ打ってなんか魂の叫びみたいな小説になっちゃってる。そこが評価の別れる理由かなーと思った。『ビッチマグネット』とかに続く路線かなー。前作で貼った伏線にもめちゃくちゃなオチを付けちゃって。舞城王太郎の小説が好きな人でも好みは別れそうな1冊だけど、私は好きだ。ユリオの壊れっぷりとか、エキセントリックで思いっきりフィクションな感じの人物造形も魅力だと思う。
もう奈津川家メインの話は書かないんじゃないかなあっと思った一作。どうだ!ここまで無茶苦茶にしてやったぞ!!まいったか!てな印象を受けました・・・笑。ラスト付近は前作の表題がちらつきまくりました。正に人間死んだら「煙か土か食い物」ですね。
読み終わった瞬間頭の中で「浅井健一」が「危険すぎるぅうぅぅう~♪」と歌い出した。っていうのは嘘で、読み終わった瞬間68頁12行目に名前が載っている実在する作家「清涼院流水」の本を読了した後にくる脱力感に近いモノが襲い掛かってきた。そういや「九十九十九」を読むためだけに「コズミック」、「ジョーカー」を読んだんだげど、文庫で、1888頁を読み終えたその先に待っていたのは解脱(?)だった。なんちゃって!それも嘘で、実は「奈津川三郎」=「愛媛川十三」=「暗病院終了」≒「舞城王太郎」≠「清涼院流水」イエー。パチン。
奈津川サーガ二作目。この独特すぎる舞城さんの文体にも既に慣れ、相変わらず怒濤の勢いで押し寄せてくる文章に、流されるままに読んでいた。たとえるなら、決壊したダムからの濁流みたいなモノか。しかしまあ、訳がわからなかった。初めからミステリだと思って読んでいないので、その点では混乱も少なかったろうけれど、だからといって意味が解るかと問われればまったく解らない。結局どういうことなのか。ハッピーな感じに終わってたけど、正直全然ハッピーじゃないだろう。三郎がいいならいいのか。ううむ、謎だ。
三郎の嘘に最後の最後に気づき、逆説的にほとんど全てが嘘に思えてくる巧妙なしかけ。作者のことだから読者をこの罠に落とすためだけにこの本を書いたに違いない。ホーリーシット。
描写が凄まじく暴力的でグロいのに、いっそギャグなのか?と思い初めてしまう三郎さんのテンションすごい。結局何処までが真実で何処までが嘘なのか、理解が追い付かない!
読み終えてなんか放心してしまった。この人は小説で何をやらかしたいんだ。表4部分のあらすじにある、圧倒的救済と書いてカタルシスと読む文字は確かにその通りだった。畳み掛けるように事件は解決したような気もするし、主人公である三郎がそんなのどうでもいい境地に至ったからもうこれ解決って事でいんじゃね!? ってなったような気もする。なんにせよ圧倒的救済、ただし三郎に対してのみ。読者は一緒に「事件解決」の果てへ持って行かれるか、もしくは果てしなく遠い所へ置いて行かれるかのどちらかだ。
入間はエリオという名前をユリオからとったのかな。美少女だし宇宙だし。それはさておき、三郎さん本当に頭大丈夫ですか。最大の謎は橋本敬君。ゲロで窒息死したと思ったら首折れてバラバラにされてた。どういうことなんでしょうね。窒息してた時に実は首も折れてたのか、それとも窒息した後しばらく放置されてその間に運ばれて玩具にされたのか、はたまたどっちかの死体がユリオの呼び声を受信して現れた橋本敬そっくりの哀れな宇宙人で、でもやっぱり実は只のミスで、だから文庫になってないんだろうか。でもNINEの初めに書いてある通り→
読んでいてとにかく痛々しい描写に嫌悪感を感じるんだけど、それよりもストーリーの続きを読みたいという気持ちの方が強かった。文字量も多いのに、テンションを下げずここまで書き切るのはすごいなぁ。
奈津川家サーガ。相変わらずの疾走感がたまらなくいいんだけど。前作「煙か〜」の主人公、クールでキレ者四郎さんより、今作の弱くて病んじゃってる三郎さんのがぐっとくるんだけど。いかんせん、ラストが破綻しすぎ!作者が主人公の葛藤に引きずられてしまったのか。続編ないとすっきりしない。でもまた読みたくなっちゃうんだろうな。
舞城はミステリでも非ミステリでも結構見立てというものに拘ってると思うんだけれどそれは何故かってことがイマイチわからないなぁ。自問自答、自己完結、再びの自問自答、見立て、断定口調、どれかが欠けたらそれはそれで舞城ではない気もするが。本書は煙を初めて読んで感動した時のことを思い出させてくれるそんな圧倒的暴力と愛の詰まった傑作だったので嬉しい。僕はもう本当に1章が好きで好きで仕方がないからここだけはきっと何年経っても読み返すんじゃないかなぁ、冒頭の掴みってのは何よりも大事だってことをガツンと再認識させてくれた。
これだから舞城は好きだ。いい感じにトチ狂っててもうこの勢いに任せて全部ぶち壊してくれよ。全力で苦悩するってこういう事なのかな。このシリーズも舞城さんも大好きだ。でも人に薦められるような本じゃない気がするw
斬新な啓蒙。何が斬新かって血の入り混じったゲロをぶちまける所行について啓蒙しているのが斬新。人間を直視できず現象に囚われる者の苦悩とか野暮ったい分析的口調で色々言えなくもないがざっくばらんに言えば480頁休みなく全力でゲロをはいてる。一体いかなる精神状態に自分を追い込めば、断裂された主人公の四肢をくっつけてニコニコしてる少女の絵が何の意味もなく挿入される小説を書けるのか。素晴らしい。向こう3ヶ月は舞城王太郎読むのはやめとこうと思わせる位には素晴らしい。アホだ。この作家アホだ……。
もう滅茶苦茶。清涼院流水もそうだが、ミステリの才能は正直ない。だがこの本はミステリの皮を被った苦悩の小説である。ミステリを求めた読者にこの本はそれに大した価値は無いことをはっきりと示す。ミステリをあえて滅茶苦茶にしたことによる強烈な皮肉だ。ではミステリを否定した後に残る、価値あるものとは何か。それが本書の問いである。それは愛なのか、それとも生きる事なのか。壮絶に狂った世界を戦いながら主人公はそれを探す。その苦しみは軽薄なようで実に深い。余計な要素が多すぎた感は否めないが、文学的な苦悩が良く描けている。
なんだーコレ!相変わらずの舞城さんで、相変わらずの奈津川ファミリー。ううーん。なんて言っていいのやら。面白いよ。すごい好きだよ。でも薦めないかな。知り合いには。三郎イエー。
煙か…に続いて、前作の期待を持って読み始めてすぐに、そうそう、この舞城王太郎ワールドいい!って思い好きになっちゃった。「この人やっぱクレイジーだ」って確信した作品
小説でひとつの物語が展開されるとき、読み手に物語を「こりゃ本当の話だ」と思わせることができれば、それは真実を伝えることに成功している。一方で「こんなの嘘っぱちじゃん」とみなす人もいて、その場合は「この真実を伝えよう」という書き手の目論見は失敗していることになる。物語(=ある種の真実を孕んだ嘘の話)というものが真実を伝えるためのヴィークルだとしたら、ひとつの小説においてはたったひとつのヴィークルしか提示できないのだろうか?もしそうなら、真実を掬い取れるのは一部の限られた読み手だけになりはしないだろうか?(続
表紙を眺める。ページを開く。一行目を読む。そして一言。「……変態だー」。 いや、実に恐れ入った。噂には聞いていたが、まさかこれほどまでとは……。文体や台詞の言い回し、キャラクターの個性がとても特徴的で良いと思う。それとまあ、正直グロテスクなシーンが多くてなかなか読み進みづらかった。特に犬の一件。うげぇ。ストーリー的には……ここで正直、非常に申し訳ないことに、まだ「煙か土か食い物」を読んでいないため、前作の話がほとんどさっぱりである。なぜ先に読まなかった私の馬鹿。とりあえず嫌いではないので、今度は前作を。
ラスとにかけての展開が自分として好きな部類で、読了後の印象というか気分がとても良かった。それにしても前作とはずいぶん違う感じだった。
三郎さん主人公 随分しっちゃかめっちゃかな話になったなぁ 人外?のようなのも出てきたけど途中放棄されてるしちょっとよくわからなかった うーん、希望を描きたかったのだろうか…
前作の世界観と狂った家族をそのままに、主人公を三郎に移して、ダウンビートで刻むのは、猟奇で鬼畜でシリアルで見立てな事件ではなく、愛憎渦巻く奈津川家と一人の少女との日々。物語の山は多いのだが、それをぶっちぎるスピード感とライヴ感による全体感は、この分量の嘘を吐いたからこそ到達し得る真実を見せてくれる。ひたすらに流れに身を委ねるのが正解。デュビデュバ。イエー。
暗闇の中で子供の
%
感想・レビュー:114件














ナイス!






























