ゲーデルの哲学 (講談社現代新書)
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ゲーデルの哲学の感想・レビュー(142)
ゲーデルは、やはり多くの天才と同じように、完璧主義で病的だった。この本では、あまりゲーデルの人となりについては触れずに、その考えをざっと流していく感じだった。人生も面白かったが、その論理や発想には興味を持てる。だが、説明が不十分で一般人には分かりづらい印象あり。ゲーデルを研究する前の下調べとして読みました。
定理の解説よりもゲーデルの思想や伝記の部分の方が非常に面白く情熱的だった(ついでに本の内容も定理の解説部よりも思想や伝記の方が難解で濃かった)。不完全性定理は人間の理性を少しも貶めはしない。無闇に人間の理性は万能であると褒め讃えるのではなく、人間理性の限界を受け止め、その射程をしっかり見据えることが真に理性を愛するということじゃなかろうか。この理性と非理性の相克は、さながら神(真理性)と人間(証明可能性)の争いのようで読んでいてとてもロマンを感じてしまった。不完全性定理の厳密な証明方法は他の本を参照しよう
題名どおり論理学,数学ではなくゲーデルの生き方,考え方を中心にした本.第1章での比喩とパズルを使った不完全性定理の解説は大変わかりやすいです.詳細はでてきませんが,ゲーデルが語った「合衆国が合法的に独裁国家に移行する可能性」についての証明がとても気になります :-)
第一不完全性定理「システムSが正常であるとき、Sは不完全である。」 第二不完全性定理「システムSが正常であるとき、Sは、己の無矛盾性を証明できない。」 『理性の限界』で知ったゲーデルの不完全性定理。 現状の俺がしっかり理解できたとか云うのはおこがましいと思う。 しかしながら、ゲーデルの不完全性定理のイメージは、俺の「世界の見方」を大きく変えた。 「自己言及が可能なシステムは、その体系内でその無矛盾性を証明できない」と云うのは、安易に使われ過ぎているシステムと云う言葉に批判的な視点を抱かせてくれたのだ。
数学において完全性が成り立たないというのは衝撃の一言。自然数論を含む程度の複雑な公理系においては無矛盾性か完全性のどちらかを放棄しなければならないという事だが、これは数学の体系の限界を示すだけに留まることなんだろうか。人間の認識その物の限界を示唆しているようにも思えてしまう。正直わけがわからないのでもっと勉強してみようと思った。
著者が強調してくれたおかげで、不完全性定理に関する見方が少し変わった(誤解が解けた?)と思う。今までは、ゲーデル命題というのは自己言及など特殊な命題にすぎず、万能マシンは証明不可能な命題に対して「ゲーデル問題」と判定すればその万能性は大して失われないと思ってた。でも、明らかにゲーデル命題に見えるわけではない命題を作りうること、そしてある命題がゲーデル命題かどうかは判定不可能だということで、不完全性定理の重要性が感じられたと思う。ゲーデル自身の個性的なエピソードはなかなかすごい。憧れるところはあるなあ。
ある論理体系が無矛盾であるとき、その体系の無矛盾性を同一体系内では証明できない。相対性理論の観測者の場所に似ているけど、その観測の場所さえ入れ子になる。己が理性の限界を認識した人類は、従来より少し憂色を深めつつ、片や少し気楽に生きていけそうな印象を持った。たぶん、理解していない証拠だと思ふ。爆ヽ(´o`;
「理性の限界」で取り上げられていた、ゲーデルの不完全性定理の詳細版。なんとなくしかわかっていなかったものが、更にわかるようになった。それでもまだまだ理解したとは言えないが
ゲーデルの個人史が知られたのはとても面白かった。不完全性定理が何を意味するものなのかを理解する上でも、ゲーデルがいかにして不完全性定理に思い到ったのかという思想的・生活的背景を知ることは、重要という以上に必要であると言っても大過ないのではなかろうかと思う。とはいえ、浅学菲才な我が身ゆえ、この深遠な定理を吟味するには遠く及ばず、数学、論理学の初等的知識の獲得に邁進せねばならぬ所信を新たにするばかりである。
やはり簡単には理解できない「不完全性定理」。「神の存在証明」にいたってはなんのことやら。しかし、ゲーデルという天才の業績や人生に触れられるだけで楽しめる。特にアインシュタインとの交流は微笑ましい。2人にしか分かり得ない世界があったんだろうなあ。─人間の知はどこまでおよぶことができるのか?─ロマンあふれる一冊だと思う。
ただの数学にしか役に立たないのかなという先入観とは別に、哲学的に非常に示唆的な定理が導かれたのだなということが伝わった。またゲーデルの人生についても書かれているが、希代の天才は、やはり違うのだなと思った。しかし、彼は果たして幸せだったのかと考えると疑問が残る。
「理性の限界」「知性の限界」と同じように,論理学になじみのない人間でも置いてけぼりにならないように分かりやすく書かれているのは良かった.チューリングマシンの限界を証明できる人間という存在は,チューリングマシンを超える存在である(解釈が間違っているかも)という考え方は,新鮮だった.
面白かったです。理解したというより、雰囲気伝わったという感じ。「Sは、真であるにもかかわらず不可能な命題Gを含む。さらに、Sの矛盾性は、Sにおいて証明不可能である。」この意味が分かるようになります。
Ω=0と1の性質を持つ神が偶然にも同じ夢を見た。その中の主人公が人間という存在。アインシュタインと仲が良かったんですね。キャラは違うが、二人とも物事の本質に妥協無く向かっていく辛辣な姿勢を持っていると。という私は、ゲーデルの存在論的証明は正直ついていけてないが(苦笑)。フォン・ノイマンやチューリング機械も出てきて、このようにIBMのチャイティンにつながるわけか。
ゲーデル評伝として面白かったです。不完全性定理に関しては理性の限界の方がよりまとまっているかと。そして相変わらずの参考文献の細かさ。まさに論理学者って感じでとても参考になります。
ゲーデルという人物はよく分かった。しかし不完全性定理があまり理解しづらかった。アインシュタインが晩年ゲーデルと親交があったのは驚いた。
ゲーデルとアインシュタインの深い交わりに心打たれた。一般相対性理論にたいするゲーデルの発想がとてもおもしろい。あとは米国市民権を取得するまでのエピソードに大笑い。不完全性定理のイメージをつかむための入門書としてすぐれていると思う。
不完全性定理の理解を助ける手段として、理解のしやすい例題からのアナロジーを用いたところが特徴的。ただ神の存在論的証明を説明した後半あたりから難解だった。正直理解できない部分もあった。本当に理解するにはこの本だけでなく類書をたくさん読む必要があるのでしょうけど。この本では他にゲーデルと親交のあった人々の証言が豊富で、人としてのゲーデル像を伺い知ることができる。
初心者を対象にわかりやすく書いたらしいがそれでも十分に難しい。ある程度論理学・数学・哲学の知識を持った中級者向けではないか。 ただだからといって面白くない訳では無く、ゲーデルの業績で最も有名な不完全性定理の解説に留まらずその後の応用理論や神の存在証明、人間機械論から宇宙論へというあまり知られていないが限りなく哲学的かつSF的な話へと広がり理解出来ないながらもワクワクを感じた。 ゲーデルの伝記として読んでも面白く特にアインシュタインとの交流や晩年の様子は胸に迫るものがある。
久しぶりの当たり本。集中力も切れなくて一気に読めた。ゲーデルの不完全性定理のイメージをざっと描いたあと、20世紀初頭のウィーンの数学史を紐解きながら、ゲーデルの生活を追い、彼が精神を患っていく中で神の存在証明に泥んでいくときも、しっかり神学史的補足を忘れない。丁寧な本だった。面白かった。こういう本を読むと自分は安心する。
神の存在を証明したとして、神もまた論理に従うのか?それとも論理を超越した存在なのか?人の作る論理で理解しえない神は、また人間を理解しない。すると一神教の根本である「救い」はもたらされない。なぜなら神は、人を憐れんで救いをもたらす存在だから。日本人の感覚以上に、キリスト教圏にとっては、論理的にのっぴきならない話なのでは。
不完全性定理について分かりやすく説明した論理学の入門書としても、ゲーデル先生の天才っぷりがよくわかるめっぽう面白い伝記としても、じつに面白く読める。「長門有希の百冊」にも入っていたので長門ファンも必読だよ。
定義G「全ての真理を知る無矛盾の存在を神と呼ぶ」定義Gとゲーデルの不完全性定理から次の定理が導き出される。ゲーデルの最終定理「神は存在しない」
ゲーデルの伝記として面白かった。定理自体の理解はやはり基礎的知識を相当持ち合わせないと無理でしょう。論理学を一から勉強したくなりました。
数学の完全性という数学者の確信、そしてヒルベルトプログラム。その重要な1歩が踏み出され、同じ人に崩壊させられる。20代のゲーデルによって。その証明によるゲーデル自身の苦悩、そして哲学的帰結。
ゲーデルの哲学の
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感想・レビュー:40件














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