いつか記憶からこぼれおちるとしても (朝日文庫)
いつか記憶からこぼれおちるとしてもを読んだ人はこんな本も読んでいます
いつか記憶からこぼれおちるとしてもを追加
いつか記憶からこぼれおちるとしてもの感想・レビュー(503)
女子高生――それは切なくて悲しくて孤独で、そして愛しい生き物。人は皆孤独だけれど、わたしたち女子高生はその寂しさに気づいていながら、気づいていないふりをして、毎日一生懸命できるだけ賑やかに生きている。いつかは忘れてしまうだろう女子高生の思い出。切なくて淡いお話。
江國さんは、年齢にかかわらず女性の心理描写がうますぎる。 以下引用: 「吉田さんの手ってきれいだね」 「ありがと」 吉田さんは目をほころばせてにっこりした。 「可奈ちゃんの手もかわいいよ」 「ありがと」 私も、目をほころばせてにっこりとしてみる。 (『飴玉』より) 文末のたった五文字、「~としてみる」にこめられた女のしたたかさというか現実的な冷たさにぞくぞくする。いい意味で。
「指 緑の猫 テイスト オブ パラダイス 飴玉 雨、きゅうり、緑茶 櫛とサインペン」大人でも子供でもない。微妙な年齢にある彼女たちの日常を描いた連作短編集全6話。タイトルの付け方が秀逸でした。どの話もサラリと読めました。いつもベッタリと一緒に行動していた友人が最近おかしくて・・「緑」は、とても息苦しかったです。何だか消化不良で終わった感じです。ラーメン屋でいつも見かける女子高生と関係をもったが・・「櫛」は、彼女は一体何がしたかったのでしょう?散々振り回された彼の戸惑いが目に浮かぶようでした。★★★
まさに高校生だった頃に読んだ。 「自分でもおどろいたのだけれど、あたしはそのプレゼントがすごく嬉しかった。すごくすごく嬉しくて、ばかばかしいくらいに胸にしみちゃって、あたしはこんなに一人ぼっちだったのかって思った。」(本文p.49より) 論理としては飛躍している。美文調にはなってしまうが、嬉しいという感情と孤独を直結させて結び付けてしまう江國さんのこの感覚に鳥肌が立つ。
<図書館>タイトルどおり、いつか記憶からこぼれ落ちてしまいそうな、でも“いま”はとてもたいせつな、女子高生の日常。同い年とは思えないくらいおとなっぽいというか、物事を深く考えてる。
人生を丸ごと覚えてるなんてできない。どんなに楽しいことも辛いことも、いつかは記憶から零れていってしまう。それでも、私たちはその一瞬を懸命に生きるのである。/
江國さんの描く子どもが、こんなにも子どもらしいとは思わなかった。ただそうあるというだけの悪意や好意。まさに私が生きてきた、そして今も生きている世界そのものだった。
再読。江國さんの中には、少女が住んでいるんだろうな。高校を卒業したら忘れてしまうあの感覚を物語にできてしまうのはすごいなぁ。タイトルがすごくいい。
掴みどころのないあやふやさ。 あまりにも無防備な幼さ。 大人を翻弄するのは、邪気なのか、無邪気なのか。 「いつか記憶からこぼれおちるとしても」 このタイトルは素晴らしい。 いつの間にか消えてしまう思い出。 周りからは普通に見えているはずのそれぞれの胸の内。 この人の作品は、いつも余韻が良い。
6編からなる短編集。主人公はみんな女子高生。江國さんらしい独特の文章で女の子が女の子を演じてるあの感覚を捉えていると思います。作風としてはこちらも短編の『すいかのにおい』に近いかも。他の方もレビューにかかれ作中に雨の描写がわりと多いので梅雨とかに読むと気分が出るかもしれません。
梅雨の日に読むにはちょうどいいかも。表面上はきれいに取り繕っているけれど、ふたを取ってみるとじめじめした気持ちがたくさんつまっている。多感な時期を女の子だけの環境で過ごすというのは、結構ハードだけれど、きっと卒業する時に全て記憶からはこぼれおちてしまうのだ。でもその空間が、彼女たちにとっては今は全てで人生そのもの。なぜだか高校の時に、学校の廊下から見た5月の美しい青葉を思い出した。
女子高生たちの毎日。6つの物語に共通していることは、いずれも「いつか記憶からこぼれおちる」かもしれない毎日だということ。忘れてしまうような毎日かもしれないけれど、無駄ではない。その毎日が未来の自分をつくるのだから。小さな記憶さえも忘れたくないな。と思いました^^* 架空の飴で架空の殺人を日常的に行う可奈が一番好き。
17歳くらいのときに読んだものを再読したけど、当時感じたキラキラした感覚は得られなかった。
やっぱり、そのくらいの年頃には独特の魔法みたいなものがある。
私がもうすでに感じられなくなったそれらのものを、こうして文章の世界に再構築できる江國さんはすごい人なのだと改めて感じさせられた。
女子高生が主人公の6つの短編。「女子高生」って、周りからの視線と自分自身との間で、ものすごく不安定な立場にいると思う。周りから見られている、思われている自分と、自分しか知らない本当の自分。みんな一緒の格好をして、一つの部屋に一日閉じ込められて・・・・。女子高生のあの3年間にしか体験できないことって凄く多いと思う。あの頃には、もう戻れないんだなぁ。
学生ならではの、にこやかながら「うまくやらなければ」という限定された人間関係における緊張感と、そこからほかの場所へ外へ外へという運動を求める様が、リアルで愛おしい。
一見、たしかにタイトル通りいつか忘れてしまうような日常のようにみえて、絶対忘れないようなことばかり書いてある、少し意地悪な本だ。マジックを探してたときの美代の気持ちが、結局最後までわからない。というか、美代は結局第三者によって語られるだけだったところに、美代がどういう女の子なのかが推し量られてせつなくなる。
両親が別居中の菊子。親友のエミが病気になっていく萌。幸せでない母を持つ柚子。日記で毒入り飴を皆に与える可奈。高野美代という魅惑の少女に入れ込む男。いつか彼女ら自身も忘れてしまうけれど、細やかな感性と友人関係を綴る。
タイトルのとおり、いつか記憶からこぼれおちてしまうような高校生活の一時。学校帰りのケンタや109のショッピングは、懐かしい~。よく行ったな~、と思ってしまいました。大人になりきれていない子供の時期がとてもよく伝わってくるお話でした。
はじめはスローテンポだったけど、だんだんゆーっくりと、リアリティが感じられてきて、途中怖い部分もあり、相変わらずの江國さんらしい緊張感を存分に味わえました。小説の中で柚のようなキャラが登場すると、いつもはついつい怒りに震えてしまうのだけど(実のところ単に嫉妬です)、柚と吉田君の成り行きを見守っていたら、いつの間にか自然と応援していました。江國さんにしては珍しくほんわかした部分も多く、それはそれでよかったです。
○女子高にかよう女の子達の連作短編。1日でさらっと読めた。女子高生ならではの大胆で繊細で難しくて白けた態度!タイトル通り記憶からこぼれ落ちてしまってた、何でもない懐かしい思い出をふと拾いあげてしまいました。
彼女たちの一人称語りは 読者に向かって心情をなにもかも明らかに説明するようなものではない、自分でもよくは説明できないものだろう、そこがリアルで、読者の想像をさそう。しかしおそらく、母や年上の女性のように 女性という物語のキャラをこれからも演じていくのだろうか、という自問や、演じるのをやめれば闇にのみこまれる怖さや いやでもキャラから降りられない絶望を 共有しているかのよう。だからこの小説のスタイルも わかりやすい物語をあたえてくれない。それで 彼女たちの震えが 怖いように伝わってくるのだろう。
いつか記憶からこぼれおちるとしてもの
%
感想・レビュー:77件














ナイス!




























