忘れられた日本人 (岩波文庫)
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忘れられた日本人の感想・レビュー(295)
民俗学というと僕の中ではイコール柳田國男であり、イコール民話の蒐集、研究と思っていたのだが、この本は全く違った。あまりに変化が激しく忘れられようとしている日本の特に地方の風俗を古老のオーラルヒストリーとして克明に記しているのだが、これが面白い。どの地方の文化にも様々な知恵が詰まっているのであり、合理的である。それにしても驚くのは性がとても解放されていることだ。五箇条のご誓文の「各その志をとげ、・・・」というのが「いつでも誰とでもねてよい」とフリーセックス宣言と取り違えられていたというのは、笑うしかない。
民俗学の本である。と、書くと少し取っ付きにくいイメージがわくかもしれないが、非常に分かりやすく、初心者にも易しい丁寧な作りで、終始目から鱗の事実に新発見の驚きと、未知の事実への好奇心が掻き立てられた。 だが、何より忘れてはならないのが、本著の魅力の要因として、書かれている農家や老人などが皆、生き生きとして土地に根差しているということを実感させてくれるところである。
セックスしまくりである。後家に人妻、初潮前の少女に少年…太陽族どころではない。漫画化したら石原に発禁にされてしまうだろう。憲法の発布を「絹布の法被」が貰えると思って喜んだ話くらいなら聞いたことがあったが、五箇条の御誓文の「各々その志をとげ、人心をして倦まざらしめん事を要す」を見て「ヒャッハァー!フリーセックスのお許しだ!」と村中大乱交とか…日本人怖い。
書かれたのは今から約50年前。今じゃ考えられない生活をしていた人達がこの日本の辺境の地には居た。一番驚いたのは当時は夜這いの文化が平然と存在していて性についてかなり開放的だったという事だ。今は少子高齢化、晩婚化、男子が草食系とかいわれているが、もしかしたらこういう文化が消えている事に影響があるのかもしれない。いや、別に夜這いの文化を復活させろというわけではないけど。
出版1960年とそのタイトルを念頭に入れると、どうしてもノスタルジックな日本論として読んでしまう。ただし読み物としては非常に面白い。土佐源治や世間師なんかは名作と呼ばれる小説に比肩しうる筆力である。また「文字を持つ伝承者」などは当時の「本物探し」大好きな民俗学の時代に即した本音が垣間見えるような気がしてなんとも楽しい。それにしても宮本常一は農民の暮らしに入り込むことが大得意な民俗学者だったのだろう。本書の随所からそういう雰囲気を感じ取った。私も調査をやってたけどそれが苦手だった。嫉妬せざるを得ない。
こんな時代が日本にあったんだと改めて思わされる本。それも遥か昔ではなく、昭和で、って所が読んでてグイグイ引き込まれる要因。さて問題は今この時代を後世に語り継ぐ時、これくらい魅力のあることになるのであろうか…現代がなんとも中途半端な時代だと実感。民俗学って面白いなぁ…
…本当にあったんだ、こんな暮らし。本当にいたんだ、こんな人達。というのが正直な感想。日本人が日本について語っているのに、何故かエキゾチック。この作中の光景がが現代日本に繋がっているなんて到底信じられないが、確かにそうなのである。どこで、どのように生き残っているのか、今の私には分からないが。
寡聞にして民俗学者宮本常一氏を知らなかった。都会に住み、希薄な近隣関係ではもうとっくに消え失せていた「忘れられた日本人」の生活様式が昭和になってからもまだまだ生き続けていた場所があることに驚く。歌垣なんて万葉集の時代でしょう。和をもって尊しとなす文化がなぜに生まれ、なぜに今もって生き続けているのかって初めて分かった気がする。いやはや、すごい。網野善彦著「『忘れられた日本人』を読む」と合わせて読むとより理解が進むと思う。
登場するのは昭和の普通のお年寄りたち、この人たちがもう、いとしくてたまらない。人生への大きな「YES」の声も、「熟議」の習慣も、旅の刺激も、当事者としての静かな矜持も老いを楽しむ品性もここにはあって、みんな、われわれが過去に手にしたことのあるものなのだなあ、と実感できる。生涯発達し続けることを前提とする今こそ求められる本。ああ、読み終わるのがもったいない。
いまではあまり伝えられることがない、明治前後の田舎のお話をあつめたもの。夜這いの文化はもう完全になくなってしまって残念である。外部があるからこそ、内部で安心して暮らすことができるっていう、都市と田舎のダイナミズムがあった時代。もう今では都市ばっかりに目がいきがちですが。
今さらながら『忘れられた日本人』。周囲では「土佐源氏」の評価が高いのだが、好きなのは「村の寄り合い」「名倉談義」そして「世間師」。村の中で誰に強制されるでもなく作り上げられた寄り合いのルールは日本オリジナルの民主主義だ。いま見直されてもいい(「村の寄り合い」)。じいちゃんばあちゃんの昔話をそのまま記録した「名倉談義」も通常は文字では読めないもの。マイクを向けたインタビューでは描き得ない記録だ。現代の「世間師」のような生き方をしてみたい。放浪しながらその日暮らしができた時代のほうがずっと豊かに感じられる。
民俗学といった本を読んだのは、今回が初めてだと思う。おもしろいものだ。幕末や明治の初頭、中期などのことなんて、書き物や写真とかの記録でしか伺い知れないと思っていたけど、この著者はその時代を実際に生きてきた人達から直接話を聞いているのである。民俗学、感動である。他の本も読んで行きたい。
[A+]民俗学者、宮本常一の名著。前近代的な社会の特徴が色濃く残る僻地の村々を訪ね歩いた記録。民俗学の学術資料としてだけでなく、読み物としても充分に面白い。登場する人たちが、生き生きと描かれている。この本が初めて世に出てから既に数十年が経ち、街には物が溢れ、携帯電話やインターネットも発達して、世界は大きく変わりつつあるけれど、僕たちの先祖としてのかつての日本人が生きた世界を知っておくことは、知ることそれ自体にひとつの価値があるように思えるし、知らせてくれるこの本はとても貴重な存在だと思う。
明治から戦後までの歴史の教科書には載ることのない農村の原風景、文字を知らない農民の耳からの伝承で継承された生活、知識、村のコミュニティ諸々貧しくも心豊かな人々が描かれている。古き良き日本ですね。著者が上手に言葉を引き出しています。「寄り合い」では一つの事に対して納得がいかなければ何日掛かろうともとことん話し合いを行う伝統があるなど。今ではあったら困るな。中でも女と牛しかしらない百姓の「土佐源氏」の話が面白かった。ある意味日本昔ばなしですね。但し放送はできません。夜這いなど下の話が多いんですよね。
学校で学んだ歴史が文字を残すことのできた人たち中心のもので、型にはまった見方しかできていなかったと痛感しました。伝わらず消えていった、消えていく歴史が多々あることに何処となく寂しさを覚えます。それにしても、この本に出てくる人たちの逞しさが凄いですね。生きていることを前面に出したような人たちばかりでおもしろいです。文章が会話形式だったり語り口調だったりするからでしょうか。今も息づいている気がしました。
何はさておき「土佐源氏」の素晴らしさよ。子供らの暢気な性交、上流階級の奥様への思慕、平易で逞しい男女関係哲学、創作かと疑われても仕様のないほどの比類ない物語性。パネェ。農民たちの力強さと言ってしまうと安っぽくなってしまうが、しかしまあ強かな人々である。本当の賢さというものか。ところで最後の「文字を持った伝承者(2)」に出てきた翁は福島の人だったのだが、あの事故で彼が守ってきたものも壊れてしまってしまったのかと思うとなんだかむなしくなってしまう。文字には残っているので、それが救いか。
西日本を中心に農村などを回って話を聞いた民俗学の本。おおらかな老爺の若かりし頃の話など、日本の古い村々の様子が垣間見える。古い日本にあったものを新たに知る、という不思議な体験。今やどれだけこのような里が残っているのだろう。あまり民俗学とは関係ないが、個人的にはこの本に出てくる老人たちのような年の取り方をしたいと思った。
共同体において年寄りは重要な役割を担っていた。今の時代、どのようにして彼らの力を借りればよいだろうか。学べばよいだろうか。
白眉「土佐源氏」だけではなく、全編に出てくる人々が素晴らしい。経験と伝統により培われてきた知識は、一見朴訥で単純に見られるが、真のインテリジェンスを感じる。定期的に読み返す一冊。未読の方にはぜひおすすめしたい。
前半の「対馬にて」など、悠々としていてどこかくすっと笑ってしまう村の人々の雰囲気は、つげ義春や井伏鱒二の世界そのものだなと感じた。どの話もとても興味深く、もっと彼らの話を聞きたいと思った。
幕末から明治、大正にかけて日本人の価値観、倫理観、風俗が大きく変わっていったことを市井の人々の生の声から追体験できる貴重な一冊だと思います。まさに人生サバイバルといった厳しい環境を生き抜いてきた人たちですが、精神的な自由さ、おおらかさ、前向きな明るさを感じます、文中の”世間師”という人たち、その呼称がまた深い。
日本という国がどんな様子であったのか、どんな人たちが暮らしていたのかを見せ付けられた一冊です。学校では決して学ぶ機会が少ないことばかりです。内容に圧倒されてその場で何度も読み返した部分もありました。人間の生きる力を感じることができます。「事実は小説よりも奇なり」その通りです。宮本常一の細部にわたる眼があって今に残っている、そのことに感謝したい気持ちです。
近現代の日本の農村部の姿がよく見える本である。さらにフィールドワークの価値と面白さがよくわかる。たった数十年で人の生活が変わっていく様は実に面白く、また、自分が100年前の日本人の生活をほとんど知らないということに気づかされた。いい読書だった。
数年前に手に入れて何度も挫折していた本。「新世界より」を読み終わってふと目に付いたので読んでみたところ、すらすらと読んでしまった。どっかリンクしたところがあるのかもね。学校で教える歴史は国としての流れはなんとなく掴めるけど、人が見えてこないので居心地が悪かった。読んでよかった。単純に面白かったと言ってしまうのはもったいない。 きっと何度も読み返す本になる。ここに出てくる人たちの話を読んで、自分もやっぱり日本人だというへんな安心感があった。
久しぶりに再読。少し前の日本の姿なのに、まるで別の国の話のように聞こえる。民俗学的な価値だけでなく、読み物として楽しめるのは宮本常一の細かいフィールドワークがあってこそだと思う。定期的に読み返したい一冊。
民俗学者宮本常一による、古老たちの聞き書きの書。『土佐源氏』でよく知られている。『土佐源氏』の成立については、柳田国男・民俗の記述 (柳田国男研究年報 (3))に詳しいので興味のある人は読んでみることをお勧めする。明治末期から昭和の初めにかけての、日本の名もなき人たちの暮らしを、西日本を中心に丁寧に拾い集めてある。彼らは物質的には貧しくとも、その日々の暮らしは明るく楽しいものであったことに清々しさを感じる。読了後は、自然と自分の背もしゃんと伸びるような気がする。
民俗学・民間伝承とはこうやって話を集めることが大切なんだろうと思わせる。宮本常一は人の話を聞くのがうまい人だったのだろう。
ここにまとめられている話の一編一編に、昔の日本人のたくましさや志の豊かさ等が感じられ、現代日本人の損得に関する要領の良さと相反する心の貧しさに改めて気づかされた。そして、このように学問的な価値は別にしても、非常に優れた物語として読めるところに、宮本常一のすごさが感じられた。
民俗学も文化人類学もよく知らないので、この本の学術的価値もよくわからないが、現在の日本ではまるで失われてしまったような風習風土が、100年前には確かに残っていたことが実感できる本だ。現代でまかり通っている倫理感や正義正論なんか全然あてにならない。べき論で自らを縛る前に歴史、それも人口比で圧倒的に多かった常民の歴史をいまこそ振り返りたい。文字をもつ伝承者が面白い。
忘れられた日本人の
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