ペドロ・パラモ (岩波文庫)
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ペドロ・パラモの感想・レビュー(150)
すごく面白い。何度でも読み返す価値があると思いました。古典的名作とのチャッチフレーズにも納得でした。場面転換や登場人物が多いため読みにくいという印象を受けるが、次第に慣れていきました。スルメのような味わいだったと思います。
実に精巧に伏線が張られており、一読しただけでは理解しづらい、というかできない。こいつは厄介な作品だし、それゆえに非常に楽しめる作品でもあった。ナボコフを読む時と同じように、気になったところにはいくらでも付箋を貼って読み進めないと、ルルフォの作り出した迷宮に囚われになってしまうのだろう。本来であれば数百ページの大作になるような素材をギュッと絞り込んだ濃密さにあてられてしまった。
場面場面は楽しめたんですが、全体としての伏線みたいのがわかりづらかった。名前とか覚えるのが難しくて、誰が誰だっけ?ってなって戻るみたいなことをよくした。解読してく感じで読むともっと驚きとか感嘆とかがあるんだと思う。私には全貌を理解するのがちょっと難しかった。
日本には此岸と彼岸があって、真ん中には両者を分かつ川が流れている。ここ、メキシコのコマラでは生と死の境目は存在しない。坂をくだっていたらいつのまにか土の中にいるかのように、あちらとこちらはぐるぐるとまざりあって、回って回ってかちりと閉じる。読んだ人は本書をもはや忘れえず、読んでいない人は南米文学への見方ががらりと変わる傑作。
もう終わってしまったこと。男も女も、殺したものも、殺されたものも、苦しみも、憎しみも、愛も、みんな墓の中。。。マジックリアリズムを取り入れたとか、駆使したとかじゃなくて、この作品自体がマジックリアリズムの純粋な「結晶」って感じだ。一切の余分をそぎ落とした文章の中に、切なさ、はかなさ、無常さが凝縮されている奇跡のような一冊。
滅びた街が見せる幻想のようだった。幻想をつむぐ声は、密やかに混ざり合って、思わず、耳を澄ませてしまう。その断片は、萎れた灰と土とで出来ているようで、時折、はっとするほど瑞々しく美しい。 先日、訪ねたクレーの展覧会で、一枚の絵を切り離したり、入れ替えたりする事で、元と違うテーマが浮かび上がる事を説明していた。時系列や視点の異なる、多くの断片から構成されているこの本も、同じように読み返してみたいと思った。 最後に、流れるように的確な、日本語訳が素晴らしい。違和感なく浸りきった。
どうしてこんなになってしまったのか、驚愕である。この小説の言葉は、私たちの世界の言葉とはあまりにもかけ離れていて、ここにあり得ないほど奇異で凄惨な世界が立ち上がっている。本書を語ろうとするとそういう言語コードの齟齬が生じて何も考えられない。断片を繋ぎ合せる極小の円環と小説全体を包む極大の円環が読者の遠近感を錯乱させ、妙に生き生きした、不毛の大地に支配された不思議な語り口が狂おしいほどの熱狂を一手に引き受けている。今はそれしかわからないが、この世界には全く理解の範疇を越えた自分の知らない場所がまだあるのだ。
幽霊ばかりの街で紡がれるのは父、ペドロ・パラモの一生涯。横暴な地上げ屋さんということからトマス・サトペンや浜村龍造を思い出す。死者の噂話に耳を傾けるというのは、小説とはいえ、不思議な心地がした。これほど短い小説で、何度も読み返したいと思った小説は初めて。
おれの一人称かと思っていたら《》や他者の回想や多数の語り手など挿入され構造に中心のない世界は自由で良いなと思いながら翻弄されていて、ドロテアとプレシアドの関係が分かる頃からペドロ・パラモを中心としてミゲル、レンテリア神父、スサナの物語が展開していく。普通なら比喩になるのが起こってるように読めたり、会話からするっと回想になったりして面白い。天国から門前払いを食わされた人々が祈られも救われもせず留まり過去を振り返り続けている。確認してないけど登場人物は全員死者ではないのか。
愛も血もグッシャングッシャンにかき回されて重油の様になった感じで、読んでいる時はかなりストレスが溜まるが、読み終わった後の印象もとても大きい小説。固有名詞が多くて、ボンヤリしていると訳がわからなくなったりするのでチューイ。
「父さんが殺されたんだよ」「じゃ母さんを殺したのは誰?」。主人公が訪れた死者の町。徘徊する死者たち。濃密な死の雰囲気の中で短い断章が暴力を、美しい緑を、強欲な男を、町の死を力強く描いていく。一つの短篇集と一つの長編だけを残した作者の全てが凝縮している。「夜は罪でいっぱいなの、フスティナ?」「そうよ、スサナ」
メキシコの開拓時代の話で 原住民が やせた土地をたがやしている様子が感じられる 物語は生と死の世界が混ざりあっていて 理解するのに難しかったが なかなか面白い作品だとおもう
15年ほど前にスペイン語で読んだのを、最近映画を見たので今度はスペイン語と日本語並行で。しかしそう言えば映画ではフアン・プレシアドはどうなったんだったか。15年前の初読でも、登場人物すべてが生きているのか死んでいるのかわからない、ふわふわと掴み処のない世界で、ラストに倒れたペドロの死体だけがしっかりと実体と質量を持って地上に残ったのが印象的だった。それは今回の日本語訳でも再度味わえました。映画では倒れ方が私のイメージと違って違和感あったけど……。
有頂天になっていると失敗することがあるが、読書でもそういうことがある。ボルヘスが個人図書館で推薦しているし、世界54ヶ国の著名な作家100人が選んだノルウェー・ブック・クラブ公表のリスト「史上最高の小説ベスト100」にも選ばれている名作!で、理解を超えていた…。幽霊の住人が住む町コマラ、どこが現実でどこが幻想なのか、過去なのか…。マルケスが多大な影響を受けたとのことで、この小説が『百年の孤独』や『コレラの時代の愛』の生みの親?そう言えば「私が産むはずだったんだよ!」っていいそうな婆さんがコマラに居たか…
過去と現在、生者と死者。母と自分を捨てた父ペドロが支配する村を青年が訪れる場面から始まるこの小説は、父とそれに関係した人々が営んでいた荒廃した生活を語りだす。視点と時制を目まぐるしく変えることで、時間と生死の交錯するこのような表現が出来るということに驚いた。整理できてない部分も多いので、また読むと思う。間違いなく再読の面白さが抜群の小説だろうし。ラテンアメリカ文学にも注目せにゃ。
うー、一回読んだだけではわからない、そんな本でした。あれ、あんた生きてたっけ??あ、やっぱり死んでたのか、どっち?どっち?という感覚で最後まで…いつか読み返そう。
「物語は、過去から未来に向けて、語り手を明らかにして語るもの」というルールを離れた奔放な語りと、ひとつの構造物のように緻密な物語構成を両立させた傑作。 構成の緻密さゆえ、次々に提示される話の断片を繋ぎあわせながら能動的に読むことで、物語の全体像を自ら構築していくことができる。これが滅法楽しい。一読後即座に読み返したのだが、二読目で初めて明確に見えたことも多く、読み返す価値の大きい一冊だと思う。まだわからないこともあるので、またいつか読み返すだろう。
読み終えてやっと、ペドロ・パラモの物語が脳内で完成する、その快感は言うまでもないが、何よりも完成した物語の不毛さと円環状の姿が美しい。生と死のボーダレスな感じ、日常から非日常へとスライドして行く様はまさしくマジックリアリズム。単純に小説として面白い上に、幾度の再読にも耐えうる貴重な本。
蝋に沈みこむ胡桃の夢を見ていたので、作中で出てきたときは驚いた。死者たちのささめき合いの祭の中心の真空で、独白を繰り返すペドロ・パラモ。強いなぁ。「おれの期待」なのではと疑いたくなるくらい強すぎる。中盤の兄は生者で、妹は死者なのかと思ったけどどうなんだろう<半分の天井。チョナの謎も気になる。
再読。復刊を祝して。思わずもう一冊買っちまったよ。本書はなんといっても再読向き。初読時にはどこか曖昧だった世界が、より明瞭に浮かびあがってくる。こんなにも刺激的な再読体験はナボコフ以来かもしれない。ウロボロス的な円環構造のなかで無限に繰返される不毛な物語。視点、人称、時制のすべてが不安定でありながら、物語のシーケンスは決して拡散することがない。ボソボソとつぶやくような文体もスタイリッシュ。完璧な精度を備えつつも、どこからともなく隙間風が吹きこんでくるような、そんなおそろしさ。傑作である。
読み終えた時点でなにを考えたかというと「よーし、話はわかったぞ!」だったので文学的な感慨が、というところとは多分遠いところにあるのではないかとは思うのだけれども、風土や独特の気質やそんなものに違和感を覚えたかとか、理解できなかったかというとそんなこともない(ひたすら振り回されたのは時間だけ)。最終的にペドロ・バラモの子どもたちは皆死んでしまって残るのは幽霊たちばかり、なにも残らない情景が美しいかと言われたらそんな気もしないでもない。
とても面白かったです。最初、「死んだ母の言葉によりある村に父を探しに行く物語」と思っていたら、そこは死者の国で次々に死者がささめいていて・・という話に変容し、じゃあ(死者の国に生者が行った幻想物語か)と読者が思うと、またそこで覆されるのです。話している人が混沌とし、現在と過去が入り乱れ、断片が行き交う。拾うようにして読むと非常に全てがくっきりと見えてきました。そしてラストのまた驚きが。傑作の一言。
あっという間に読めます。チョナのことがわからなかったし、やがて再読しようかな。 時間の流れ方が良い、ひとのハナシを聞かずに考え事してたりすると、その部分の時間が経過しててちゃんと省略されてたり。面白いです。
再読。これは・・・読めば読むほど言葉を失ってしまう。二回読み、すべて書き写して、断章ごとに分析して、圧倒される。そしてもう一度読む。書き写すと、非の打ち所の無い簡潔な文章と精密機械の設計図のような構成が身にしみて感じられる。何度読み返しても永遠に「発見」し続けることのできる作品。そう断言できるくらい細かいからくりが多い。20年かけたという翻訳も凄まじいできばえであるが、この原文を堪能せんがためだけにでもスペイン語をはじめたくなる。うわー、ベストなんかなあ、これ、ベストかもしれん!
ラテンアメリカ文学でおそらくははじめて語りに錯綜する時間意識を取り込んだ傑作。生者と死者の脱境界的な混淆は、日常=非日常のマジックリアリズムの「ただしい」古典ともいうべき。「夜空に満ちあふれる星空をみてがっかりした。わたしは静かな空がみたかったのだから」
ペドロ・パラモの
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感想・レビュー:55件















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