地獄の季節 (岩波文庫)
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地獄の季節の感想・レビュー(208)
「王権」が好きです。もし女性の方が喫茶店で読んでたら、たぶん二度見するだろうなあ…。男だったら、間違いなく素通りするでしょう。人によっては、火傷では済まないかもしれません。私は好きです。
「しかしなあ、いい歳をしてランボオの詩が好きってどうよ…」自分の中のもう一人の自分の声がした。しかし無視することにした。ボードレールが『厨二をこじらせた中年』ならばこちらは『現役』だろうか(失礼)、とにかく全然似ていなかった。文を理解しようとする、よく分からない、それでも読んでいく、そのうち不思議な事が起こる。内容は不明な部分が多いのに作者の心情が分かる気がしてくる。天才の業なのか、訳文が自分に合っていたからか、原文は読めないのでこればっかりは何ともいえない。てゆーか、私は確かにこの男を知っていた。
詩というのは読むのが苦手なので、やっぱりこの本も読み取れた気がしない。あとがきに書いてあるからわかるが、ランボオは南国にいたことが有るらしい。南国を思わせる作品が多く、棕櫚の木だとか丁字だとかが出てくる。この詩を読むには勢いが必要だと思うが、漢字、仮名遣いが不慣れでそれだけイメージに時間がかかってしまった。そうじゃなくてもイメージしづらいのに。彼が見ていた地獄の季節とはどんなものなのか?っていうのがあまり見えて来なかった。
(あまりにも辛辣且つ阿呆な感想ですが正直に書かせていただきます。お許しください)ごめんなさい。芯は燃えたぎっているのに冷徹で硬質な文体に馴染めませんでした(-_-;)内容が悩める十代というよりも自分と世界が折り合いをつけられないことに自己憐憫して自意識が高すぎた子供の戯言にしか思えないです。16歳でこんな詩が生み出せるのは幸なのか、このような作品を更に秀でた作品を生み出さなければならない期待と苦しみは不幸なのか・・・・。この詩の印象は東南アジアの影絵でした。
一文一句が厳かで、高貴な香を放っているのは、ランボーの詩才と、小林秀雄の豊かな言語感覚の幸福な出会いがなせる業か。本当、レトリックじゃなしにどの頁を繰っても言葉が胸に突き刺さる。ランボーの内に燃えたぎる地獄の業火から、決意の重さ、烈しさが窺える。
だいたい最後の一行に打ちのめされる 地獄なのだろうけれどとても鮮やかで心地よい 出会えてよかったとおもう 夜明け/煩悶/古代/野蛮人/Fairy/H が特に好きでした ランボオの観た世界を観てみたいとおもった
ランボーは秀才作家。頭がついていけない。自虐的かと思えば自信家。自分のことばかりなのが少しつまらない気もするが、彼の思春期から大人への苦悩と葛藤が知れた。
作者ランボーと訳者小林秀雄の共作に惹かれる。 若い天才詩人と、もっと熟れた直観とことばの使い手。 ランボーの言語表現力は凄いと思った。訳者はここに目をつけたのだろうか。けどランボー自身はその表現力を使いこなせているのかな?と、疑問を持った。(個人的にはケルビムの登場に注目。http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/36/b2/jisatsuzero/folder/607119/img_607119_32043262_0?1264295743西洋絵画でけっこう登場するので。)
正直言って、ほとんど詩の内容をイメージして掴む事は出来なかった。あまりにも言葉が豊富で、豪華で、色彩鮮やかで。詩から何かを感じ取ろうとするだけでも苦しめられる、自分にとって眩すぎる地獄だった。ただ、ランボオは私よりも遥かに世界を見ていた事だけがわかる。
ランボーの詩の一人称は「俺」以外ありえないよなあ。厭世的な観点に垣間見える自然愛みたいなものがとびきり純粋で綺麗なものに感じられる。訳もなかなか。『また見つかった、―何が、―永遠が、海と溶け合う太陽が。』
ドアーズの詞と映画「気狂いピエロ」を思い出した。ジム・モリソンは、間違いなくこれの愛読者ですな。スタイルが似ている。モリソンはより性的で、ランボーは潔癖な感じだけど。でもやっぱり原文で読まないと、美しさは伝わらないよね。モリソンやブレイクの詩もそうだし。。。
Elle est retrouvée! - Quoi? -L'Éternité. C'est la mer mêlée Au soleil.
ランボオが本作で詩作を放棄したことと彼の生涯、19世紀の混乱を頭において、言葉の意味と響きをあわせて読み取るように読んで、やっと追うことができました。早熟の天才とは聞いていたけれど、純粋な言葉をもとめる青年の熱情というべきか。
まぁ、一言で表すと若い文学者の批判論ですね。文学の才が無い私からすると、著者は世界を一般人が認識している世界と自分の認識している世界の2つに分け、一般の世界観を否定した後自分の世界も否定している感がある。結局印象に残ったのは、ダンス、ダンス、ダンス、ダンス
若くして世を去ったランボオの散文詩。『飾画』同時収録。若くして詩才を発揮したものの、これまた若くして文学に対して叩き付けた絶縁状が『地獄の季節』であるとのこと。激昂したような、もっと言えば狂気じみた文体から紡がれる詩はどこか世界への憤懣がにじみ出ているように見える。とにかく難しかった印象。ランボオという人物を知ればもっと楽しめるのかもしれない。
ボードレールもランボーもよく知らないけど、それにしても力強い言葉たち。それは純潔で、高貴だった。意識が言葉を彩り、言葉が意識を形成する。想像力とは無限大なのだと教えてくれた。暗闇で眼を閉じると心には遥かな宇宙が満ちる。それは永遠だ。海と溶け合う太陽だ。「魔法の花々は呟いた。勾配が静かに宥めた。物語のように典雅な動物が輪を作った。熱い涙の永遠の創り出した沖合に、雲はむらがり重なった。」
再読。もう何度読み返しただろう。これはわずか16歳の詩人が遺した意識と言語の蜜月の記録だ。消費されない言葉の力がここにある。ちくま文庫の全集版を持っていてもこちらの小林秀雄訳は一読の価値あり。「まだまだ夜だ夜だ、流れ入る生気とまことの温情とは、すべてを受けよう、暁が来たら俺たちは燃え上がる忍辱の鎧を着て、光り輝く街々に這入ろう」
「彼は俺たちすべてを知った、俺たちすべてを愛した。知ろうではないか、この冬の夜、岬から岬へわたり行き、錯乱した極致から館に至るまで、群集から浜辺に至るまで、眼は眼に見入り、様々の力と疲れた心が、彼を呼び、彼を眺め、彼を送るのを。」
地獄の季節の
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